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『書評「検証:ナチスは良いこともしたのか」』2024-03-31

 しただろ。

 ……いや、私はドイツ近現代史ガチ勢というわけではない。が、それでもこの本のタイトルを知った瞬間にこのツッコミが頭をよぎった。

 何もガチ勢である必要は無いと思う。
 ナチスは1933年から1945年までドイツの政権を担っていた。12年間である。これは社会常識の範疇であり、ガチ勢とは到底言えない。
 近代における一国の政府というものがどれほど多様な事をなすかを考えれば、そのあいだ「何も良いことをしなかった」というのは、通常の自然言語でいう「良いことをした/しない」の用法で理解する限り、まあありえないからだ。
 通常の意味で「良いことを一切しなかった政権」というものを歴史から探すとすれば、それこそ発足後瞬時に倒れたような――たとえば即位式の最中に暗殺でもされた君主とか――から探すしかないだろう。
 少なくとも年単位で政権を運営していたところから「何も良いことをしなかった政府」を探すのは、全地球史からでも無理ゲーと言ってよいのではないか。

 いちばん極端で簡単な方法は、ナチスのやったこと=悪と直接的に定義づけることだろう。
 しかしそんなものを読んでも誰も面白くないし、誰もだませないだろう。

 もっと真面目な方法は、ナチスのやったことと他の各国各時代の政府がやったことを検討し、うまく「ナチスのやったこと全てに共通し、他の政府にはそれほど共通しない」なんらかの事実を見つけ出し、それを悪と定義することだ。
 当然ながら、この方法は悪と定義したい政権が長く続くほど、規模が大きく複雑になるほど限りなく不可能に近くなる。

 もう一つの方法は、ナチスの行為が良いことでありそうになったら、結論を先延ばしにし続けることだ。
 つまり、ある政策が負の結果をもたらしたら、もちろん「ナチスは悪かった」とそれを結論にする。
 逆にナチスのある政策が正の結果をもたらしていたら、その正の結果がさらに正負どちらの結果をもたらすか確認して、その結果の結果も正だったら、更にその結果の結果の結果の正負を……と、悪い結果が出るまで無限に続けるのである。

 果たして、この本はどうやってそれを成し遂げたのだろうか。  
 この本を褒めている書評noteがあったので引用してみよう

 本書は、歴史学者がどれだけ否定しても繰り返される「ナチスのした良いこと」についてコンパクトにまとめ、反論した良書です。

 本書では、「ナチスのした良いこと」を否定する際、いくつかの視点を提示しています。

①ナチスのオリジナルではなく、前政権や他国の政策を参考にしていた。
②数字で検証すると大した効果はなかった。
③一見して良いことに見えるが、背景に非人間的な優生思想・人種差別思想がある。

【書評】『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波書店)

待て。

お前本当にこの本好きか?

むしろ「ナチスは良いことをしなかった」なんて嘘と暗に伝えようとしてないか?

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