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【ひつじが週報】200222-200228

●200222

猫の日。当方猫アレルギーにつき、店頭では猫本を紹介するに留まる。先月末にゲスト枠で出させていただいたajiroさんのイベント(お勧め本を紹介する催し)を聞きに来られてた方がご来店。その時に紹介した本を購入してくれたらしく、感想をお聞きする。うれしい。また、その時にも紹介してひつじがでも委託販売をしている書籍『小学校には、バーくらいある』も購入いただいた。うれしい。

もともと閲覧用として私物を置いていたが、それを読まれた方々に「なんだかひつじがみたいですね」と言われることもしばしばあり、実際自分が頭の中で理想形として考えているひつじがの姿に近いようなお話が書かれていて、「ひつじが」に興味を持ってくださる方の手元に置いてて貰いたいし(何度も読み返して考える類の本)、読んだ上で実際にひつじがの中で一緒に実践していけたら楽しいと思い、お願いして委託販売をさせていただくことになった本。本来なら日報や日頃のお話で自分の口から言ったり、自分の言葉で本にしたりをしなければならないんだろうけど、時間がないのでお借りしている状態。参考にしながら実践して、日常を光らせていきたい。いつかはきちんと自分の言葉でまとめますね。

●200223

天皇誕生日。そして店主母親の誕生日。昨日に引き続き『小学校には、バーくらいある』が数冊手元を離れる。うれしい。今年から福岡で新たに書店を開かれる方が物件が決まったお知らせを持って来店されたので、およそ一年前の自店開業を思い出しながらお話をする。何かを始める時のワクワク感(と不安)はその時にしか味わうことができない。自分が経験したことは極々限られてるけど、それでも何かの役に立てばと頭の中で引き出しをひっくり返してあれこれお伝えした。

一年経ってもう創世記特有の非日常が連続する感じもなくなって、すっかりお店を中心にした日々の暮らしが当たり前になってしまった。幸い今の所はまだ日々新しい刺激や繋がりが生まれているけど、繰り返す日常の中で初心を忘れていないか(忘れるのが早すぎる)と、今一度我が身を振り返る良いきっかけになった。

そんな話の一方で、カウンター席の端の方では大学生の子らが就職活動の準備に勤しんでいた。まだ前年ほどではないものの、今年もパラパラと就活準備でひつじがを使ってくれるようになってきた。それに比例するようん学生からのLINEもポツポツと届く。この日は去年自分が話を聞いていた四年生の子らも同席していて、彼ら彼女らが直近の経験談やかつて自分が受けた助言をもとに後輩就活生の相談に乗っていたので、こちらが口を挟む時間はそんなに多くはなかった。昨年との大きな違い。一年経ったことで、ささやかだけどこの場所を介した縦のつながりができるようになってきた。また同世代の就活生で横のつながりも同時に少しずつできていってて、結果前年以上に広がりを見せるようになってきた。

自分のお店を開いた経験。大学四年生の就職活動の経験。どちらもそれぞれまだ直近の出来事で、ある程度細かな部分まで覚えている。こういうものは時間が経てば経つほど頭の中で美化されてしまい、その分だけこれから目指す人にとって役立つものから遠ざかっていく。直近の経験談であればあるほど有効だと思うしし、そういう新鮮な経験談が飛び交うような場所にしていきたい。ひつじがで話を聞いてきた大学四年生の子らが率先してそれを実践してくれてて嬉しい。

●200224

祝日明け。凪。この日から店内では『おはようアナログ展』という合同展が始まった。年末年始とこちら主催での企画展が続いていたので、外部主催の展示は久しぶり。不定期でこういう展示が入ると、店内の模様がガラッと変わって新鮮で良い。初日なので作家さん方や見にこられたご友人がパラパラと来店。

先月末のイベントでご一緒した某書店員さんがご来店されて、ちょうどその時破茶滅茶に凪だったので、近々で目論んでいる催しや構想についてお話する。予定していないのに自然と打ち合わせチックなことができるのは、ある程度暇な店ならではのメリット。あくまで打ち合わせしに来てくれる人ありきだけども。

諸々の末に「ラジオをやりたいね」という話になった。人を呼んでの大規模なイベントが打ちづらい状況で、でもその一方で粛々と日が迫っているもの(天神某書店の閉店など)がある。収束を待ったほうが良いものと、実際問題待ってられないものがあって、その狭間で物凄く繊細に考えていかなければならないね。なんて諸々の末だったと思う。ともかくラジオであれば外出をしなくても楽しむことができるし、そもそも不要不急の外出が敬遠される状況じゃなくてもやりたいと思っていたので都合は良い。しばらくした後、早速壮大な企画書が送られてきた。仕事の早さに惚れ惚れする。

●200225

火曜日。雨。凪。この日は「(やりたいけど)やれてないことをやる会」という学生主催の会が店内で開かれた。何をするかが単純明快なのと、何をするかが当事者それぞれにぶん投げられているゆるさが良くて、企画を二つ返事で了承した会。

とはいえどんな人がどんなことをやりに来るのか。どきどきしながら蓋を開けたが、参加された一人目の女性が「手紙を書きたい」という物凄く素敵なやることを提げて来てくれたので、その時点でもう素敵な会だと確信。今後も(たとえ誰もこなくても)続けていくことを決意した。

その後も就職活動の準備だったり、小説を書いたり、ロゴデザインを作成したり。それぞれ自由にやりたいことをやりながら、合間に知恵を分け合ったりしているのが物凄くよかった。自分も書き上がったばかりの小説に目を通したり、あとは溜まりに溜まった週報を書いたりした。営業時間内に店の人間がそれをすることを許される空気感が心地よかった。

●200226

凪。就活準備できている大学生と0円ショップを企画された方と翌日沖縄に引っ越される方の三人がカウンター席に座る。全員の名字が「山◯」というなんとも言えない共通点を見つけてしまい、カウンター席の内側でそれが起こる確率はどのくらい低いんだろうかなんて余計なことをずっと考えて楽しかった。

0円ショップはこの数日前まで近郊で開催されていた。各々が持ち寄ったものを0円で売買(物々交換ではない)する仕組みと関わる人たちが物凄く素敵で、期間限定の催しで終わるのが勿体無く、ひつじがでも展開できないものかとショップ開店期間中から企画者の山◯さんや他の主催者さんに相談をしていた。快く了承をいただき、イベント終了時にそこにあった書籍の一部をひつじがに輸送して満を持して開始……したかったものの、時節柄ドドンとイベントの宣伝も集客もできず、ひとまず軒先におかれた段ボール箱の中でほそぼそと始めている。

幸いお店に来られた方々から「これなんですか?」「本増えましたね!」なんて話題のきっかけを貰えるので、その場合にのみ趣旨を説明して、すでに実際軒先の本を持ち帰ったり家から本を持ってきたりされている方もいる。やりながらもうそのぐらいゆるい感じでいいのでは、という気持ちになってきた。野暮ったい説明をしなくても「0円で売買をする」意味を理解してくれる人が多くてうれしい。

自分が持っている中で取り急ぎ必要ないもの(や今は他の人が持ってたほうが役に立つもの)を手放すことができるかどうかがこの仕組みを成立させるためには重要で、それをするためにはある程度の《余裕》が必要。ものだけじゃなくて、知識や経験もそう。自分に余裕がなければ共有できない。0円ショップはその余裕を可視化する物凄くわかりやすい仕組みだけど、それだけじゃなくて常に少しばかりの余裕を持ってそれを集まる人たちに共有する(そしてそれを受け取ることで新たな余裕が生まれる)ような環境になったら最高。

日々世の中になんとなく余裕がなくなってきてるように感じるからこそ、意識して余裕を持つことを大切にしていきたいし、ひつじがの中ではいつもと変わらずのんびり話ができればと思っています。逃避ではなく、そちら側を現実に。

●200227

日が経つにつれ諸々のイベントが中止になって、埋まっていた翌月の予定にぽつぽつと穴が空き始める。思わぬ形で余白の時間ができるが、それならそれで本を読んだり(年が明けて驚くほど備蓄本が溜まっている)書簡の返事を考えたり、やりたいことは山積みされているのでそちらに腰を据えられて良い。

お店の方はそんな影響どこ吹く風で、ご近所さんを中心に色々な方にご来店いただいた。みなさん気遣ってか「コロナの影響どうですか?」と尋ねてくれるが、それを聞くために足を運んでくれている時点で「影響はない」を自ら証明してくれてるようなものだし、不要不急感は否めないお店に寄ってくれる方々のために頑張らねばなと気合も入る。あと正直な話、数年やってる店だと昨年比とかで影響が判断できるんだろうけど、ひつじがはまだそこまで蓄積されたものがないお店なので、これが影響なのか実力なのかあまりよくわかっていない。そのいずれにしても、やる気を出してできることを頑張るのに変わりはないのです。

すでに何度か来てくださってる方が、ご友人を連れて来てくれるようになり、さらにはそのご友人が別のご友人を連れて遊びに来てくれるのがここ最近また一段と増えたような気がする。もちろん最初は連れて来られた方が別の日に一人でふらっと寄ってくれることもある。友達を連れてくる日もある。どういう使われ方をしてほしいという明確な決め事をしている訳ではないので、こうやって気分で使い分けをしてくれる人が多くてうれしい。来店人数だけでなく、お店での過ごし方もそう。同じ人でも本を読む日があったり、話す日があったり。一人で考える日があったり。この人はここでは必ずこうやって過ごしているとパターン化できるような人は、この店にはあまりいない。あまり、というかほとんどいない。

過ごし方が決められていない場所では、場合によっては物凄く居心地が悪くなってしまう可能性もある。場側が過ごしやすいように自由度を高める努力こそすれど、その中でどうすれば居心地よく過ごせるかは常に自分で考えなければならない。ただ与えられるのではなく、自分で考える。ひつじがに度々通ってくれる人はそれを(意識的であれ無意識であれ)楽しんでる方が多いし、それを楽しめなければ正直あまり合わない環境だと思う。せっかく来てくれたのに申し訳ないという気持ちはあるものの、それでつどつどこちらが過ごし方を指定してしまうともうこの場所が存在する意味がなくなってしまう。今は関わってくださる皆さんのおかげで、明確なルールを決めずともある程度心地よく過ごしてもらえる環境がつくれているので、今後それを楽しめる人をもっと見つけて増やしていきたい、と思っています。

●200228

凪。卒業を間近に控えたひつじが一期生の大学四年生達が揃って来店。展示を見たり、翌月に計画をしている卒業旅行について話を進めていた。全員もともとは就職活動の相談を目的としてひつじがに来てくれていたが、それが終わった後でもこうやって顔を出してくれて、自分やお店に来る周りの大人たちと話して徐々に顔見知になってくれていて(十年前の自分を思い出して)うれしい。もちろん就活きっかけじゃなくても、他にも数人の大学生がすでに何度かひつじがに通ってくれている。流行りのお店ではないし、映えるものも何も置いてない。大学からも別に近くはない。それでも度々足を運んでくれる彼ら彼女らにとってちゃんとここが意味のある場所でなければならないし、数年後にあの時このお店で過ごしててよかったと思い出してもらえるような空間でありたいし、人間でありたい。

大学生だけじゃなくて、高校生や中学生、もっといえば小学生も。全員じゃなくても、こういう場所を必要としている子達が気軽に足を運べるような場所としてもっと環境を整えなければだし、認知度を高めなければと思う。あとはそういうことを一緒に面白がって考えてくれる大人の方々にも知ってもらわねば。ふらっと立ち寄ってくれた方々と知恵を絞り合う夜を、このお店の日常にしたい。