見出し画像

どうしようもない


心奪われる夢を見た。
もうしばらく会っていないはずのあの人が夢に出てくるのは久々だった。

「今までありがとう、楽しかった」
と言ってその人の身体は消えて見えなくなった。
''ありがとう楽しかった''なんてもんじゃ収まらない感情をもっともっと伝えたかったけど、
「私も本当楽しかった、ありがとう」
と私も返した。

姿のなくなったその人の声は、
「今から夢で会いに来て」と言った。

私は「わかった」と言った。

その瞬間に目が覚めた。

しばらく、ここが何処だか分からなかった。

私にとって、夢はどっちだ?


コーヒーを淹れる。
あんなに時間をかけてサヨナラした記憶でも、何かのきっかけですぐに戻れてしまうんだということを知る。少しばかりの罪悪感。

その夢の中にあった甘い匂いや懐かしい恋しさや変な後悔ばかりが心を浮つかせる。

夢なんて、本当は別に誰に話したっていいんだけど、取り立てて話すべき理由も見つからないから心の中でこねくりまわす。
そんなどうしようもない朝。

こういう夢を、みんなこっそり抱えているのかもしれない。たまに思い出したりまた忘れたりしながら、なんでもない顔で暮らしているのかもしれない。

いつも大事なことは説明できない。



最近は、鎌倉と東京を行き来する生活。
どちらの暮らしも愛おしすぎて身体が足りない。

湘南新宿ラインは勢いよく風を切る。
車窓、見慣れた風景、雲が夏を教えている。

ぽつぽつと浮かぶ、あの人、この人の顔。
最近はあまり多くの人と会わなくなった。
みんなは今、どんなことを考えているだろう?

例えばひとつ前の夏、私は猛烈に恋をしていた。
毎日朝まで誰かと飲み明かしたり思いっきり羽目を外したりしないと保てないくらい、本当どうしようもなかった。

今年の夏は今年の夏で、一年前の私には想像できない恋の中にいる。

人間関係なんて常に変わっていくものかもしれないけど、それでも心を掴んで仕方ない人たちへの想いを燃料に私は生きている。

突然現れたこの人との日々も、もうどうしようもない。
好きだという気持ちだけで、こんなに毎日が嬉しかったり辛かったりするなんて、、、

あぁ、
今年の夏もほんと、どうしようもないなぁ。



電車を降りると湿ったコンクリートの匂い。
通り雨が降ったみたいだ。ぬるい風。


蝉が鳴く。
あと5分で会える。
ヘッドホンからあの曲を流す。
蝉の声が遠のく。
私の好きな匂いがして、あの人が近づいたことを知る。

「おはよう」と言う。

「おはよう」と言う。

「暑いね」と言う。

「暑いね」と言う。


手を握って歩き出す。
汗ばんだ身体すら気持ちよくって胸がキュインと高鳴る。

ほんと、どうしようもない。

きっと今日もなんでもない話や真面目な話をしたりヘラヘラ笑ったり黙ったりちょっと恥ずかしいこと言ってみたり、する。

今日飲むビールもきっと美味しい。

蝉みたいにジリジリと音を立てて、フィルムカメラを巻き上げる。
ファインダーを覗く。


きっと私たちは今、夏の匂いがしている。

この記事が参加している募集

スキしてみて

私のコーヒー時間

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?