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「天気の子」が裏切った期待とその代償 ~UXデザインで考える「君の名は。」との違い~

※本記事には「天気の子」「君の名は。」両作品のネタバレを含みます
2019/08/10追記

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はじめに

新海誠監督の「天気の子」をやや遅まきながら歌舞伎町で見てきました。
結論から言うと、想像していたよりもずっと楽しめて満足でした。
前情報を見る限り「『君の名は。』での成功を盾に、自分のエゴを押し通した『いつもの新海作品』」という感じかと思っていたのですが、それは「そこまで」露骨ではありませんでした。
今回は前作「君の名は。」と比較しつつ、とくにUXデザイン(ユーザー体験の設計)を軸に「天気の子」の感想をまとめてみようと思います。

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「天気の子」そのものについての個人的感想

これについてはすでにたくさんの記事がネット上に上がっているので、それら記事の紹介で十分かなと思いつつ、個人的に感じたことは

・やっぱり絵は最高にきれい(特に都庁のシーンは絵の綺麗さだけで涙が出そうになった)
・自分の人生や、自分の住む世界をすべて犠牲にしてでも守りたい人がいるのって最高に尊い
・この映画で一番エッチでかっこいいのは「小学生で女たらしのおかっぱイケメン」→ひわいさんが主人公の穂高推しだと思った人、ハズレです。
・童貞いいかげんにしろ(女子の部屋行くときのお土産がポテチっておまえ…)
・最近ニーアオートマタをクリアしたので、てるてる坊主が機械生命体にしか見えなかった。
・前評判で恐れていた本田翼の演技は全然気にならなかった。全体的に声優さんはとてもいいお芝居だった(とくに占いババ役の野沢雅子、おばあちゃん役の倍賞千恵子が最高でした)

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ちなみにやや気になったことを挙げると

・いくら東京が舞台とはいえ都合のいい出会いが多すぎる(家出少年と子どもたちだけで暮らす姉弟、怪しげな編集プロダクションと巨乳美女、偶然拾う「アレ」など)
・いろいろな味のある登場人物や出来事が出てくるけど、描写がやや甘く感情移入しきれなかった(ヒロイン弟、刑事2名、チンピラ、というか主人公とヒロイン以外の全員)
・なんで「そんなすごいスポット」が代々木の廃ビルにあるの?
・スーパーカブはそんな速く走れない

とはいえこの辺は「重箱の隅」のようなもので、さしたる問題ではないでしょう。
絵が綺麗だとかキャラがかわいいとか、それは表層的なものでそこに注目していては本質が見えてこない気がします。
個人的にもっとも議論すべきポイントはこの「天気の子」を「君の名は。」と比較した時にあぶり出されてくる「ユーザー体験の違い」だと思うのです。

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前作「君の名は。」と「天気の子」の決定的な違い

この2つの作品は、一見するとよく似ているように感じます。
しかしながら「ボーイ・ミーツ・ガール」という青春恋愛映画の王道ストーリー&超美麗グラフィックをどちらも採用していながら、根幹から大きく異るポイントがあると考えています。
それは、ターゲットユーザーの設定と、そのユーザーに提供する体験の設計=UXデザインではないかと思うのです。

「君の名は。」の成功について考察する記事は多々あるものの、個人的には「たくさんの人が感動できるわかりやすくシンプルなストーリー構成」「新海誠の超美麗グラフィック」の組み合わせが主要因だったと思います。
既存の新海誠ファン(と彼らが求める体験)である「超美麗グラフィックをもとめるアート・クリエイティブ界隈・サブカル界隈」「清純女子を救うために奮闘する(けど報われるとは限らない)童貞男子に感情移入したいヲタク」に加え、普通のごくごく一般的な中高生から中高年まで、老若男女問わず、しかも都市部から地方までカバーする巨大な一般層に受け入れられたことがこれまでの新海誠作品との違いであり、ポストジブリ(正確に言えばポスト宮崎駿)を求めていた日本国民の期待の受け皿になったのだと思います。

一方で「天気の子」は(露骨にならないように配慮されていたものの)残念ながらポストジブリではなく『君の名は。』での成功を盾に、自分のエゴを押し通した『いつもの新海作品』に結果としてなってしまったのでは?感じました。
様々なステークホルダーによって、できるだけ表に出ないようにマイルドにデチューンされた部分は感じられるものの、作品の根幹部分では紛れもなく「いつもの新海作品」でした。
「清純女子を救うために奮闘する(けど報われるとは限らない)童貞男子に感情移入したいヲタク」に刺さる「往年の泣けるセカイ系エロゲなストーリー」「アート・クリエイティブ界隈・サブカル界隈が喜ぶ超美麗グラフィック」の組み合わせ、アレです。

アニメに慣れ親しんだ人からすればそこまで気にならない「人物描写の甘さ」や「ご都合主義」も、「君の名は。」で獲得したごく普通の観客の目には「?」と映る部分もあったのではないかと思います。
主人公二人にストーリーの主眼を絞った「君の名は。」と比較すると、明確にストーリーの根幹がどこにあるのか不明瞭だったのも、やや観客を選ぶ事になった気がします。
それだけで物語の軸として成立しまうような要素を複数盛り込んだのは、やや欲張り過ぎだった気もします(「普通」からはみ出した人間に対する日本の社会システム、超常現象、若い男女の淡い恋、大切なものを失った大人、偶然拾ったアレ…などなど)

とはいえ「同じ新海誠の作品とはいえ『君の名は。』と『天気の子』をムリに比較する必要ないじゃないか!」という意見もあるでしょう。
しかしながらこれは避けることのできないポイントです。「君の名は。」の成功は今回の「天気の子」の制作予算や制作体制、プロモーションなど様々な面で大きな影響があったはずです。
また「天気の子」の観客の多くが「君の名は。」で得た素晴らしい体験の再現を求めており、そしてそこに対する期待が極めて大きかったことは、様々なスポンサーやメディアによるプロモーションとコラボ・タイアップが街中に溢れかえっていることからも明らかだからです。

【自分が考える「天気の子」の現状まとめ】
①新海誠の美点である映像美に、万人受けする構成・ストーリー・要素が組み合わさって「君の名は。」が大ヒットしてしまう
②監督本来の作風を知らない「巨大な一般層」と「各企業」からポストジブリの期待を新海誠が一身に受けてしまう
③「君の名は。」の成功のあと「いつもの新海」に原点回帰したところ、一般人・企業からの「ポストジブリ」の期待を裏切ってしまう
④でも本来の新海誠のファン層は満足
⑤これによって評価が別れてる←イマココ

裏切りの代償

結果として「天気の子」のUXデザインが前作「君の名は。」と大きく異なってしまったことは、前作の体験をもとめた多くの「大衆」や「スポンサーなどの関係各社」への裏切りではないか?とやや危惧しています。
大衆が求めているのは「絵が綺麗で誰が見ても感動できるアニメ作品」すなわち「ポストジブリ」であって「新海誠という作家本来の作品」ではないからです。
「前作の成功により『結果として』ポストジブリを背負わされてしまった新海監督が、その呪縛を避けようと今回は『原点回帰』を狙った」という経緯があったのでしょうか?もし仮にとしても、それ自体は問題ではないと思います。
問題は、前作の体験を期待した「巨大な一般層」と「スポンサーやメディア」への配慮が不足したまま原点回帰してしまったこと、そして結果として彼らの期待を裏切ることになったことだと自分は思います。
人間は勝手に期待するものですが、それによって期待される側が得られるものも少なくないはず。一方期待が大きければ大きいほど期待した側の「裏切られた」というダメージや怒りも大きい気がします。


新海誠は「オトナ」になれるのか?
「天気の子」の作中、主人公は大人たちから重要な選択を迫られます。「オトナになって大切なものを諦めるか、あらゆるものを犠牲にしてでも守りたいものを守るのか。」
オトナになる、というのはつまり「妥協すること」だと私は思います。そしてプロとして「良い商品を作る」というのは「高度な妥協点」を見つけてそれを実現することだとも言えると思います(それは自身の仕事について「こっちはそんなのぜんぶ分かっててエンタメ提供してんの。社会の娯楽を舐めんじゃねえよ」と話す、作中のあるオトナの生き方が体現してるように思います)
一見すると自分の作りたいものを一切の妥協なく表現しているように見えるプロのアーティストやクリエイターも、ある程度の大きさの市場・ファンに向けた商業作品を作る際には「高度な妥協」を行っていると思います。

新海誠監督が、プロのクリエイターとして、プロのアーティストして、この「高度な妥協」を本作で徹底できていたとは思えません。

「君の名は。」は新海誠という一人のクリエイターとしては妥協だらけの作品だったかもしれませんが、結果として優れた大衆向けの商品となり成功したのだと思います。
「天気の子」の問題は「君の名は。」という「大衆向けの高度な妥協」によって得た信頼や期待を元にクリエイターのエゴを押し通して作ってしまったことだと思います。それはプロの仕事ではないと思います。
クリエイターとしてのエゴを押し通すのであれば、インディーズな形でスモールに展開すべきだったように思います(例えば宮崎駿のようにエゴ全開の作品については「雑想ノート」や「ジブリの森」での上映にとどめるなど)

裏切りの代償は「信用」だと思います。はたして「新海アニメ」というブランドの信用は今後どうなるのか。新海誠監督はプロとしてオトナになりきれるのか。それともすべてを犠牲にして自分のエゴを押し通していくのか。

いずれにせよ新海誠監督の作品から今後も目が離せません。

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