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【詩】いまじねーしょん

紫外線ばかりが強い青空
吹き抜ける風に熱を奪われる
夏の終わり
そこここに手向けられた
赤い花と揺らぐ蝋燭
路地裏に潜む好奇と憎悪
焦点の定まらない視線と乾いた肌が
鉄の歯車の轍を突きつける
 
僕の親戚は市街戦で行方不明になったきり
この国の誰もが家族を失っている
豊かな国の君には解らないだろうけど
 
いいえ あなたは知らないのです
 
頑強な男は早々と大陸に送られ
戦友は機銃掃射に斃れた
食糧調達班の一兵卒は
人を殺さなかった誇りだけを胸に送還された
飢えと見知らぬ土地の病に長く苦しみ
終生 手の爪は極端に短いままだった
戦艦に乗った弟は永い船旅に出たまま
脚の悪い老人は火柱となり
若夫婦だけが焼け出された
家も歴史の名残りも焼き尽くされたのは
我が家だけではない
 
知っているでしょう
東京も一夜にして灰になりました
街という街が焼かれ
誰もが親類縁者をなくしたのです
 
同じ体験をしていなくとも
どん底の苦しみを知らなくとも
ほんの少し 痛みを分かち合い
ほんの少し 知らないことに謙虚になり
互いに気持ちを寄せ合えば
違う未来もあっただろうに
ほんの少し
ほんの少し

(初出:『2021詩と思想詩人集』(土曜美術社出版販売))


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