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【書評】世界の中の他者と自分を問いかける『黙然をりて』

『黙然をりて』
著:山崎 佳代子 

書肆山田、2022年3月10日、2,860円+税

 第三〇回萩原朔太郎賞にノミネートされた、山崎佳代子氏の『黙然をりて』。世界の中の他者と自分の関係を重く問いかけてくる作品だ。

 セルビア在住の山崎氏は、7冊の日本語詩集、6冊のセルビア語詩集に加え、紫式部文学賞を受賞したエッセイ『パンと野いちご』(二〇一八年、勁草書房)や『イェレナ、いない女』(二〇二〇年、幻戯書房)を含む日本語への翻訳作品、セルビア語による研究書等両国文芸をつなぐ活動が続く。本書は『海にいったらいい』(二〇二〇年、思潮社)に続く8冊目の日本語詩集である。

 青空に浮く塔の上階で向き合う天使が赤子を抱える表紙絵と、背に型押しだけされた真っ白な表紙が象徴的だ。巻末の「制作記録」によれば、本書は「二〇一一年~二〇二〇年に書かれた作品」とある。東京で遭遇した東日本大震災の体験を起点に、欧州に流入したシリアやアフガニスタンの難民の姿や、各地に刻まれた惨禍に翻弄された人間の「聲」に耳をすます詩行が並ぶ。 

小さな人が帰ってくる
(中略)
水底の暗い国から
幼い子供が還ってくる

「春のこども、鎮魂」より

 無念や哀しみ、苦しみを表す言葉すら奪われ失われる、言葉のない空白。黙然をる人たちの微かな聲や哀切を、そのままかたどったような優しい手つきは、傍観者ではなく「当事者である他者」としてのシンパシーに満ちている。

 表題の「黙然をりて」とは、古くは大伴家持の歌にも見られる。「黙然をりて賢しらするは酒飲みて酔い泣きするはなほしかずけり」知ったような顔をして黙り込んでいるよりも、酔い泣きするほうがよほど良いではないか。とすれば、黙然をる人への寄り添いばかりか、安全なところから見ているだけの傍観者への静かな批判をも含むように感じられる。

 長谷川等伯の襖絵を題材とした冒頭詩からの流れにより、読み手は自分事として世界に刻まれた沈黙と向き合うことになる。長い時間的スパンと目の前の現実、世界と日本。スケールの大きな詩群は、現在進行形の現代社会を写しとった表現の最前線である。安易な前例を求めずに「黙然」から掬い上げた生きることの重みは、世界を覆う惨禍と幸いにしてまだ他者でいられる私たちはどう向き合うのか、改めて問いかけてくる。

食物とは思い出
料理とは甦り
戦がおわり
女が言う
(後略)

「いたいけなまろうど」より

 詩集中盤に描かれるイタリアの穏やかな風景が、平和な一日のような希望を示していて温かい。

            (初出:『詩と思想』2023年3月号投稿書評)


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