マガジンのカバー画像

夜の撹拌

7
運営しているクリエイター

記事一覧

ここから/ここまで

出てきた家が集まって
遠くでもう町になっている
同じ本をいつまでも読んでいる
いつでもはじめのページから
同じところを読み返している
夜になるとひとつも欠けずに
遠くで窓が点灯する
華奢なつくりの栞を持っていて
あの町のどこかになくしてしまった

つまるところ

世の中を
お母さん お母さん お母さん お母さんと掻き分けていくと、
結局なんにもない

トランプ占い

スペードの8、

パン屋の前のブレーキ痕

ダイヤの13、

目をつむって開いたページの感嘆符

ハートの6、

バターナイフの握りのレリーフ

クラブの4、

砂場で見つけた黒いビニール片

あなたのための夜景

触れた瞬間息を飲む冷たさは
くっきりしていて頑丈な気がするので
その町では誰も彼も
本当に寒い夜になると
知らないひとの凍える指先を探して
自分の体温であたためられた
懐かしい毛布を残らず燃やしてしまう
川の対岸では隣の町の
厚着したひとたちが
めいめい手をつないで
音を立ててはぜるまぶしい孤独を見ている

やさしい採集

わたしの) 庭
わたしの) 蜘蛛の巣
わたしの) 木
わたしの) 空と鳥
わたしの) 線路通り
わたしの) 野良猫
わたし ) 水たまり
    ) 靴音
    ) 35.9
    ) 

夕暮れ

鈍く冷える火の名残りを
尾羽の先に滲ませたまま、
ひしめくクライマックスに架かる
歩道橋の遥か頭上を
あなたがゆっくり帰っていった

夕焼けの雲の映る窓があり
たわむ電線の映る窓があり
黄色い街灯の映る窓があり
わたしの窓にはわたしがいて
向かいの窓に跳ね返る、
細い細い月明かりで
りんごの皮を長く長く剥く