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予告されていたのに起きた殺人【読書の記憶】

これまでに読んできて印象に残ったものを備忘録的に書いていこうと思う。
まずは今もいちばん好きなガルシア・マルケスの「予告された殺人の記録」。

ストーリーはいたってシンプル。
とある村に、都会から若く裕福な青年がやって来ました。
彼は村で1人の娘を見初め結婚しました。
しかし娘は処女ではなかったため、婚礼の夜に実家に帰されました。
翌朝、怒った娘の兄たちは妹の処女を奪った村の男を殺しました。

この単純な話をばらばらにして、複雑な構成で組み立て直した作品だ。

読んでいる間はひたすら奇妙な違和感が続く。結論はわかっているのに、なぜそうなるのかさっぱり見えてこない。でもそれは、殺した方も、殺された方も、それを見ていた方もきっと同じだ。予告された殺人なんて起きるまい、と読者を含めみな思っている。

なのに最後の数ページですべてのピースはピタリとはまり、確かに物語は完結する。まるでよく出来たジグソーパズルの様だ。
初めて読んだ時は、ただ紙に文字を書くだけでこんな事ができるなんて、と打ちのめされた事を覚えている。

こういった構成の小説は他にもある(「葉桜の季節に君を想うということ」や「イニシエーションラブ」)とよく言われるが、それは技術的な面のこと。

名誉のために人を殺すと言って歩く兄、処女ではない事を隠せると思った娘、田舎を見下し行動する青年。みな深く考えず「なんとかなる」と思っている。
村の人たちも、殺人が起きそうだと気づいている。でも全員が責任を誰かに転嫁し「まさかねえ」と思ってしまい悲劇を防げなかった。だからこそ、最後の数ページでがらりと情景が変わるこの構成に打ちのめされるのだと思う。弱さ、愚かさ、無力さに。

普遍的なテーマを、素朴な素材と高度な技術で仕上げた小説。
主要人物の名前が長いのがやや難だが、打ちのめされたい時にぜひ。おすすめです。




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