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Alembic AJ-II-HB

工芸的エレキベースの先駆者と言えば、誰もが「ああ、それならAlembicだよね」と答えるのはベース界の常識だろうし、実際のところかなり高額であり、見た目にも美しく、音のキャラクターも超個性的な楽器だ。
アレンビックは1969年、アメリカはカリフォルニア州サンタローザで設立された老舗の楽器メーカーである。

スタンリー・クラーク

Alembicのベースを一躍有名にしたのは、間違いなくスタンリー・クラークであろう。
私が中学2年生の頃、年齢の離れた兄貴にヤマハのベースを買ってもらった時に「これを練習しろ」と言われてレコードを渡され、何も分からずに初めて練習した曲こそが、スタンリー・クラークの「School Days」だった。
そのアルバムのジャケットはスプレー缶で壁に落書きを描いているオッサンの絵だったので、当時どんな楽器を使っているのかは分からなかったのだが、初心者の私が聴いても明らかに私のヤマハとは違う音がしていた。

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それから暫くして、三鷹駅前の貸レコード屋「黎紅堂(れいこうどう)」に出入りするようになって、スタンリー・クラークの別のアルバムを見て衝撃を受けた。※ちなみにこの黎紅堂が日本初の貸レコード店だとずっと思っていたのだが実際には元住吉の「円盤」らしい。円盤知らんけど。

「俺のとは違う」

スタンリー・クラークが構えているベースは、美しい木目で見るからに高そうな工芸品のようだった。
「なるほどね、こんな楽器じゃないと、あんな音は出ないんだな」
勝手にそう解釈した私は、スタンリー・クラークの演奏そのものよりも、この高そうな楽器の方に興味が行ってしまった。
行きつけの三鷹楽器に行き、店員さんにこの楽器は何というのか?と写真を見せたところ「ああ、これはアレンビックだね」と教えてくれた。
そうか、これはアレンビックというのか、初めて聞く単語だし、意味が分からないけど、なんかカッコいいな。と思った。
この楽器を弾いてみたいと懇願したところ「うちにこんな高い楽器は置いてないよ」と笑われてしまった。確かにそうだ。三鷹楽器にそんなものが有るわけがない。ところが、店員さんが「楽器は無いけど、何故だかステッカーはあるんだよ」と言って、アレンビックのロゴが印刷されたステッカーを見せてくれた。

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本能で恐怖というか、狂気を感じた。
「なにこのデザイン」
楽器とはまるで無関係に見えるこの絵柄、雲から剣とゲンコツ、輪っかの中に牡蠣みたいなデロンとしたものをぶら下げている。
サイケデリックな色使いはヒッピー文化を思わせる。
一体どんな人物が描いたのだろうか。

ちょっと調べてみよう。

社名の由来となったAlembic(蒸留器)とは、本来、精製や蒸留のために用いられる器具のことで、楽器のサウンドから不必要な”濁り”や”歪み”を取り除き、レコーディングにおいても生演奏に近いハイクオリティーでピュアなサウンドを実現するといった意味が込められている。 ちなみにこのビルの中二階には、アレンビックのロゴをデザインしたアーティストのボブ・トーマスも住んでおり、皆でキッチンや休憩スペースを共有していた。ボブ・トーマスは、グレイトフル・デッドのアルバムカバー等のデザインを数々手掛けており、有名な”LIVE/DEAD”のジャケットのイラストや、”ダンシング・ベア”のキャラクターをデザインしたことで有名。アレンビックの現在のオフィスにも彼の絵画が飾られている。

※イケベ楽器 ロン・ウィッカーシャムのインタビューより

なんと、グレイトフル・デッドのデザインをしていた、ボブ・トーマスだった。そしてやはりフラワーチルドレン、ヒッピーカルチャーだったのだ。
急にロン・ウィッカーシャムなる人物が登場して、誰の事だか分からないかもしれないが、この人こそアレンビックの創設者であり、音響エンジニアとしてアンペックスの設計や、グレイトフル・デッドのレコーディング・エンジニアとして活躍していた人物である。

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アレンビックそのものを語ろうとすると、いくらあっても足りないので、それはまた別の機会にするとして、とにかくハンドメイドで恐ろしく高い楽器であり「そろそろ買っとくか」みたいなノリで買うようなものでもない。
ところが1986年のある日、とんでもないシロモノが登場した。
なんと日本製のアレンビック、それが表題のAlembic AJ-II-HBなのである。
本家のそれとは全く違うデザインではあるものの、そこはかとなくアレンビック臭が漂い、80年台流行りのヘッドレスベース仕様であるにも関わらずヘッドがある。ボディはヴァイオリンのようなフォルムでもあり、比較的小振りなデザイン。私はたまたま数年前にネットオークションで発見してこの楽器を手に入れる事が出来た。

発売当時、ギターマガジンか何かで広告を見て、大変興味を持ち、弾いてみたいな、三鷹楽器にあるかな?あるわけ無いよな。とワクワクしながらお店に行くと「そういえば委託でアレンビックを入荷したんだけど、すぐに売れてしまった」と、しなくても良い話をされた上に、日本製アレンビックのカタログだけはあった。
日本製アレンビックはロッコーマンという会社がライセンスを取得して製作されている。この会社はヴァイオリンやクラシックギターなどを製作している会社なので期待は高まるが、実際に手にしてよく見ると、作りが素晴らしいのかと言えば実はそうでもない。但し良い木材は使われている。ピックアップはアレンビックオリジナルのアクティベーターではあるが、アレンビック風の音はするものの、アクティブサーキットの性能は本家ほど良くない。

では、いったい何が良いのか?という話になるのだが、それは「珍品である」という以外なにも無いのだ。残念な事にこの楽器はアレンビック社の歴史からも「あれは過去のこと」と葬り去られている。

若かりし頃の妄想で期待し過ぎたほどの感動は無いものの、当時これを企画して実現しようとしていた人達の思いの熱量はヒシヒシと伝わってくる。
では細部を見てみよう。

ヘッド

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ヘッドにはブラスで成形された例の謎のロゴが取り付けられている。
弦は六角ネジで締め付けてセットする仕組みになっている。
正直、弦交換の際には面倒臭い。

フレットボード

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ハイポジションのフレットを何故このようにカットしたのかは不明。
デザイン重視でこのようにしたのかもしれないが、弾きやすいわけでも無いし、スラップで弾くときにアタックが出せないので、要らぬ仕様だと思う。

ピックアップ

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ピックアップはアレンビック・オリジナルのアクティベーターがネック側とブリッジ側に2機搭載されている。よくピックアップの位置関係を表現する際に「フロントとリア」と言うことも多いのだが、よく考えたら両方ともフロントに付いてるじゃんか、とも思うのだが、この際どっちでも良い。
ノイズは殆ど皆無と言って良い。アクティブ・ピックアップなので、もちろん電池を入れないと音は鳴らない。
電池は背面を開けて006P型 9V(四角い電池)を入れる。

ブリッジ&チューナー

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この楽器の場合、ブリッジと呼ばれるパーツは、写真上側のコマのついている弦を押さえている部分で、このパーツがなんと木で作られている。
普通は金属だろうと思うのだが、木なのだ。このあたりもバイオリンを作っているメーカーならではの発想なのだろうか。
弦交換の際に、ポロっと外れる事もあるので無くさないように要注意だ。
そしてチューナー部分はスタインバーガータイプのものだ。

では全体を見てみよう。

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良いか悪いか、好きか嫌いかは別として、美しい楽器であると思う。
今どきのバンドの人がステージでこのベースを弾いてるところを観たら確実に「おお!?」と思うだろう。

私はこの日本製アレンビックは、時代背景と何かの手違いで誕生した、徒花のような楽器であると思うのだ。しかし、エレキベースの歴史を語る上で、この楽器の話をするのとしないのとでは、深みが違ってくるように思う。
そして話をする上で、弾いたことがあるのか?所有したことがあるのか?というファクトはとても重要なのだ。
そういった意味でも長い年月をかけて手に入れて良かったと思える一本なのであった。

Special Thanks Photo by Toshimitsu Takahashi

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