短編小説 【 先輩 】

 先輩はやたらと高いところが好きで、よく私を連れて行ってくれました。オフィスビルの31階にあるドトールコーヒー、「アメリカみたいな夜景だね」ってアメリカの夜景なんて見た事もないのにそう呟いた展望台、無言で乗った日本一大きな観覧車。
 「人間っちゅうのはな、地に足つけて生きる生物やねん。それやのにそーんな高いところが好きやなんて、あいつ、ほんまの阿呆やで。阿呆やし多分鳥や。知らんけど。」
 と、店長はよくそう言っておりました。店長は高いところが駄目なのです。そしてきっと先輩の前世は鳥です。背が高くてひょろひょろなので、もしかすると鷺だったかもしれません。
 「なぁ、明日暇?明日さぁ、雨が止む場所まで電車で移動してみんか?」
 夕日が沈んで薄暗くなった店内、先輩は大量のティーポットを手際よくトルションで拭きながらそう言いました。笑っちゃうくらいにロマンチックな事を言う先輩が、私は一周まわって大好きでした。
 「それ、楽しいんですか?」
 コーヒーメーカーにラムネみたいな洗浄剤のタブレットを一つ、ぽいっと放りこんで、私は冷めた口調で聞きました。
 「楽しいに決まってるやろ!そんでな、びしょ濡れの俺らがさ、ピーカンに晴れた駅に降りたって『あー、やっと晴れた街に来れた!』って叫ぶねん。そしたらその街の人らびっくりするやろ?ほら、おもろいやん。」
 とても楽しそうな先輩。
 「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。」
 最後のお客様を先輩とお見送りして、
 「では明日、雨が降ったら同行します。」とだけお伝えしました。


 次の日は、残念ながら晴れでした。「残念ながら」と言う私はきっと楽しみにしていたのでしょう。とても残念です。

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