見出し画像

歪むので慣れてください(2024年5月①)

自虐の意を込めて「おじさん」と自称するのが普通になってきているが、我ながら少し嫌になるくらい「実は、そうでもないでしょ?」なんて自惚れて考えていた。5年くらい前までは。同じような歳の面々で、俺たちアラフォーだね、なんて言ってる頃はまだ余裕があったのだ。もちろん、腹は出てくるし、白髪も目立ってきた。それでも意外と土俵際、いや生え際で粘りを見せる前髪に勇気づけられ、「仕事柄、意外と若く見られるんですよ」などと嘯いたりすることにも後ろめたさなんてなかった。

同年代のオードリーの2人がラジオで、「40代のおじさん」について自虐的に語るのをゲラゲラ笑いながら聞いていたのだが、あるときついに、笑えない瞬間にぶち当たった。「老眼」だ。「メタボ」も「白髪」も笑える。しかし、「老眼」は笑えない。前者は下手したら30代から10年以上にわたって、徐々に攻めてくる。少しずつ進行してくるものに対して、人間は鈍いし、甘い。しかし、「老眼」は違う。僕は学生の頃からキツめの近視だった。ご多分に漏れず、公私ともに目を酷使する現代の生活の中で、「まあまあ、仲良くやろうや」と共同戦線を張っているつもりだった。ところが、目の野郎、突然踵を返したかと思いきや、逆走を始めやがったのだ。今までは、遠くが見えづらいと言うからメガネを作り、ときにコンタクトレンズも用意した。しかし今度は、近くが見えないと言って、メガネを外させる。じゃあ、お前は一体どこなら見えるんだよ。日常生活に不可欠な身体機能の裏切りに、おじさんは愕然とした。

そんなとき、ちょうど眼鏡が古くなっていたので、新調することにしたのだが、眼鏡屋に出向くと「遠近両用」なるレンズに目が留まる。まだ老眼鏡というほどではないと信じているが、両用できるのであればいいのではないか。試してみると幸か不幸か、やはり効果があるらしい。出来上がりは2週間後と言われて、眼鏡屋を後にする。自宅までの帰りの車中、日向坂46の『錆つかない剣を持て』をリピートした。

日向坂46の非選抜組、いわゆるアンダーメンバーは「ひなた坂46」と称されることとなり、選抜制度は着々と形作られている。案の定、ハレーションは小さくない。少し波が収まったかと思えば、選抜組だけが出演するTVCMや、冠番組『日向坂で会いましょう』の企画などを機に、またぶり返す。特に、推しメンが非選抜組にいるファンにとっては、大きな「事件」であり、あれほど楽しみだった歌番組にも推しメンの姿が無いとなれば、その胸中は穏やかでないだろう。

僕の推しメンは2人いるのだが、選抜、非選抜とそれぞれに分かれる結果となった。選抜組に入った加藤史帆を見る僕はとても安定している。しかし、これは選抜制度とはあまり関係はないように思える。彼女がどういうポジションになろうがアイドルとして活動するかわいい彼女を愛でて、彼女の幸福と健康を願うまで。そんな心境になっている。理由は定かではないが、一期生としての今の彼女の状況と、これまで決して短くない時間を、僕が知らない長い時間を、アイドルとして過ごしてきた彼女に対するリスペクトのようなものかもしれない。一方、非選抜組となった清水理央に対しては、まったく心境が異なる。4期生である彼女自身が、いよいよこれからアイドルとして花開こうとする、上昇気流に乗りたい時期なのだ。特に去年の『新参者』公演を経てから今年の1月までは、まさに清水理央のターンだった。僕も大きなサプライズを期待していた。しかし、結果は違った。文字通り涙をのむ、悔しい季節がやってきた。

一方で、日向坂46全体で見ると、その勢いはいよいよ増すばかりという印象だ。11枚目シングルに収録されるユニット曲や4期生曲。ラジオ、バラエティ、配信企画、様々なステージで日替わりで新たな主役級のスターが生まれているかのような盛り上がりがある。そうした、陽の当たる場所とそうではない部分を比較して、落ち込み、腐してしまう人もいるだろう。僕自身、なんであのまま2月3月と清水理央が駆け上がっていく結果にならなかったのかと、悔しい気持ちもあったのだが、不思議とネガティブな感情は湧いてこなかった。

僕は、日向坂46のグループとしての活躍はすべて迷いなく心から喜べている。一方で、推しメンに残念なことがあれば、素直に悔しいし、どうにかして応援したいと思える。この2つは全く矛盾なく両立することができているのだ。考えてみると、まず何よりも「日向坂46」が好きだということを大前提として、グループ全体を捉える視点と、推しメン個人を捉える視点を無意識に分けて、それを切り替えることができている気がする。前者をもって俯瞰で考えるとき、推しメン個人もその中に違和感なく存在できているし、後者の視点で推しメンだけを利己的に応援するとき、彼女の悔しさや頑張りに自分の気持も寄り添い、フォーカスを当てて喜怒哀楽を感じている。

正直、自分がこの切り替えが上手く出来てることをラッキーだなと思うし、意外とアイドルを応援するのに向いていたのかなと思ったりもした。日向坂46を取り巻く環境はまだまだ一波乱も二波乱もありそうだし、宮崎フェスという一大イベントがどういう結末を迎えるのか、それによって将来の浮沈が決まってしまうこともあるかもしれない。そんなときも、真正面からグループを、推しメンを見つめながら応援したいなと思っている。横を見て他と比較したり、羨んだりしても碌なことはないだろう。

新しい眼鏡を注文してから2週間が経ったので、再び店舗を訪れた。出来上がった眼鏡をかけてみると、店員が遠近両用レンズについて説明してくれた。

「遠くを見る場合は、正面でピントを合わせますので、しっかりレンズの真ん中で見てください。逆に、お手元の近いところを見る場合は、レンズの下の部分でピントが合ってきますので、少し視線だけを落とすイメージで見るようにしてください。この切り替えがうまくできれば、遠くのものも近くのものもしっかり見えるようになります。」

なるほど、少し慣れが必要だが、これならスマホや読書もなんとか不都合なくいけそうな気がする。

「一点、注意があります。レンズの特性上、横の部分は歪みが出てピントが合いにくくなっていますので、目線だけ動かすというより、首を振って正面から捉えるイメージで見るようにしてください。」

そういうことね。

「遠くと近くの視線の切り替えと、あとは横を見るときだけですね、歪むので慣れてください。」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?