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気候変動でクミンに危機?!インドの最新事情

もはやブームに終わらずカルチャーになりつつ「スパイスカレー」。この記事を読んでくださる方は、恐らく一度はスパイスカレー作りに挑戦したことがあるのではないでしょうか?

そのスパイスカレー作りでも特に重要な4大スパイスが、「チリ」「ターメリック」「コリアンダー」そして「クミン」。このクミンを生産する農家が、今試練を迎えています。

インド最大のクミンの産地ラジャスタン州。前回の記事では、ラジャスタン中からクミンが集まる「ジーラ・マンディ」というマーケットに訪ねた時のことをお伝えしました。そこで聞いた、

「今年のクミンは過去最高に高騰していて、季節外れの雨がひどかったせいで、収穫に影響が出ている。」

という話。そこで、クミンという植物の生態を理解するとともに、農家の事情を集めるために、ジョードプルにある「Central Arid Zone Research Institute(CAZRI)」というリサーチセンターを訪ねることにしました。

CAZRIのゲート。中は撮影禁止でした🙏


「Arid Zone」とは「乾燥地帯」のこと。タール砂漠 (別名大インド砂漠)という広大な砂漠を有するラジャスタン州は、日本とは真逆の乾燥した気候。3月でも昼間の気温が35度を超え、日差しの下では耐えられないような暑さ。それがひとたび陰に入るととても涼しく、夜冷えるという気候を、私は初めて体験しました。

CAZRIは、この過酷な乾燥地帯の農業の課題解決をするための研究機関で、インドの農業省が管轄しています。1952年に発足した研究は、乾燥地帯特有の気候や生態系をもとに生産方法を改善・改良をしているほか、砂漠化のプロセスを調査したり、干ばつの影響を受ける地域のために農業管理システムを実践しています。実際のところ、彼らの研究と実践を通じて、近年砂漠地域は減少傾向にあるそうで、これは意外な事実でした。

あいにくこの日、研究者がほぼ外出していたようですが、会議室で待たせていただき、一人の研究者のお話を伺うことができました。(非公式の訪問だったため、研究者のお名前の公開は控え「ドクター」とさせていただきます🙏)

実は、沖縄で様々なスパイスを育てている「やんばるスパイス研究所」の芳野さんから、

「やんばるは様々なスパイスが育つ北限の地域と言われているんだけど、どうしても育たないスパイスがあるんです。それが、『カルダモン』そして『クミン』。」

そんな風に聞いていたので、その理由についてドクターに質問をしてみました。すると、

「まず、クミンは乾燥地帯で育つ作物なんだ。日本の湿度は高いのかな?だとしたら、それがクミンが育たない1番の理由。気温による影響はなさそうだ。我々の冬は乾燥しているので、クミンを栽培している冬の時期に、例え気温が下がっても霜が降りることはない。クミンの栽培が可能な最高湿度は50%までなんだ。」

という、残念な答えが。

また地元の方から、クミン農家の多くが収穫後にその土地でミレット(穀物)を栽培しているという話を聞いていました。その理由についてドクターこう言いました。

「同じ土地にミレットを植えることは、土にとってはあまり良くないことなんだけれど、ただ彼らが食べていくために必要なんだ。」

そして、一番聞きたかった気候変動に関する被害について。

「クミンの産地は元々冬は乾季で、雨は降らない。それにも関わらず、季節外れの雨が降ることによって、乾燥した気候を好むクミンが死んでしまうんだ。そもそも雨、特に土砂降りの雨は6月から9月〜10月にかけてのモンスーンシーズンに限られたもの。もちろんこれには気温上昇*による変化も影響している。」

*近年ラジャスタン州の最高気温は50度を超えることもあり、農家に限らず人々の暮らしに深刻な被害をもたらしています。

数年前から、乾季のはずの冬に雨や時に雹に見舞われ、クミン農家は大きな被害を受けてきました。彼らにとって気候変動はグローバルイシューというよりも、自らの生計に関わる問題。ミレットなど他の作物を育て、年間を通して収入源を持つことは、彼らにとって食べていくために必要な手段なのです。

ジョードプルのクミンの公設市場「ジーラ・マンディ」でもミレットに関する広告が。

CAZRIを後にし、更なる情報収集のためジョードプルにあるスパイスの輸出支援機関「スパイスボード」を訪ねました。

「サステナビリティについては、今がまさに重要な時期。既に様々な問題が起きているし、生き残りがかかっている。気候変動についてはグローバルイシューであると同時に、ラジャスタン州はその影響を直接受けている地域だからね。乾季にも関わらず、昨日も予期せぬ雨が降った。この雨で既にたくさんの農家からクミンの被害の報告が届いている。ジョードプルでは130,000haのクミンの栽培が行われているけれども、こうした雨が原因で40,000haものクミンがダメになってしまったんだ。」

そう語るのは、シニアフィールドオフィサーのシュリシェイルさん。農業大学の博士号を持ち、忙しい側自身のYouTubeチャンネルでクミンなどのスパイス栽培に関する動画を配信するなど、めちゃめちゃアクティブな方です。


ジョードプルのスパイスボードは一見住宅のようですが、企業や農家がアクセスしやすい幹線道路の近くです。

「インドは『マザー・ランド・オブ・スパイス』と言われ、75種類以上のスパイスが生産されていて、そのうち7種類がラジャスタン州で作られている。現在我々は、WTOの傘下にあるSTDFとの共同プロジェクトで、ある農村でSPS協定(衛生と植物防疫のための措置)の基準に則したスパイスの生産に取り組んでいるんだ。このプロジェクトを通じて、小規模農家の収入を増やすだけでなく、人の健康や環境に配慮したスパイスを育てている。それでなければ、日本をはじめ、世界のマーケットで生き残れないからね。」

輸出機会の創出のための農家との連携について、シュリシェイルさんはさらに語ります。

「我々はクミン農家にも頻繁に足を運び、食品衛生や安全基準、GGAPについてなど、トレーニングプログラムも行っている。ボタニカルトラップを植えることで農薬を使わずに栽培する方法なども普及させているんだ。日本のように特に高い食品安全基準を持つ国にリーチできるようにね。」

実際に、クミンの産地にあたるラジャスタン州とグジャラート州では、近年オーガニックやIPM(総合的病害虫管理)のクミン栽培に取り組む農家が増えているそうです。ただし、完全なオーガニックのクミンを栽培するには2〜3年の移行期間が必要で、こうしたプレオーガニックのクミンを買い支える重要性も感じました。

私は日本でのクミン栽培のポテンシャルを探るため、クミンの栽培プロセスについて、改めて質問してみました。

「まず、クミンの栽培期間は120日間。インドではモンスーンが終わって約2週間後に種まきをするんだ。最初の段階はかなり低い気温である必要がある。深く植えすぎると種が死んでしまうので、深さは2〜3cm程度。畝の高さは5cmで、種ごとの間隔は30cmにするのがいい。それから、種まきの前に6時間ほど水に浸してから乾いた土に撒く。1haあたり10kgの種が必要で、1箇所に対して5粒の種を植えるといい。なぜなら、いくつかの種は発芽しない可能性があるからね。発芽までは7日ほどかかり、栽培の過程では水やりの必要ほとんどない。乾燥地帯を好むクミンの産地は、インドでは北西部、周辺国ではパキスタンなどアフガニスタン、それから北アフリカにかけて帯状に広がるんだ。まさに『クミン・ベルト』だね。」

さらにシュリシェイルさんによると、クミンがユニークなところは、ハイブリッドの種やGMOの種などはなく、1品種のみで栽培が普及しているということ。それが、栽培地域の土壌の性質によって個性が変わるというのです。南インドのような酸性土、そして黒土では育たず、7.5〜8.5phのアルカリ性の土地が適しているそうです。

これらのデータをもとに、日本でも人工的に環境を作ればクミンの栽培自体はできますが、生産コストの関係から非現実的だという結論に至りました。例え、人工的な環境を作ったとしても、環境ストレス応答によってオリジナルの個性が失われるそうです。

インタビューに答えてくれたスパイスボードのシュリシェイルさんと、STDFとの共同プロジェクトに関わるスタッフたち。

一説によると5,000年以上も前から栽培されていたというクミン。品種改良が進み多品種の作物が多い中で、唯一の品種が愛され続けているということは、とても価値があることのように思いました。

そんなロマンに駆られて、滞在していたジョードプルの種屋も覗いてみました。そこでは種以外に、農薬も取り扱っていました。シク教徒のフレンドリーなオーナーが快く迎えてくれたので、スパイスボードで聞いた話をしてみました。すると、

「今は、多くの農家が農薬の有毒性を理解していなくて、まだまだ農薬に頼る農家が多い。それでも、IPMのための害虫トラップのニーズは増えてきているし、うちでも早期に取り扱いを始めたよ。10年後にはほとんどの農家がIPMにシフトしていると思う。」

という意外な反応が。というのも、実は彼も農業大学出身で、これまでの農業のあり方に疑問を持っていたからだとか。

5,000年前にエジプトから生まれ、今では世界中で愛されるクミン。産業革命以降のわずか数百年で生み出されてしまった人為的な気候変動によって、危機が迫っていることは確かですが、その危機を発端に、サステナビリティに対する様々なアプローチが始まっていることも知りました。

次回は実際に農家で体験してきたことをお届けします!

ジョードプルの種屋のオーナー。種業者と来季の販売計画をしていたところに迎え入れてくれて、色々とお話を聞かせてくれました。


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