下痢戦争 in梅田

 時折、私達は人知れず戦っている。街行く人。今すれ違った人。あとお前!そこのお前!!おいお前も!!!そう、下痢はいつだって私達の側に居て、隙を狙って襲ってくる、恐ろしいやつだ。
だが、私達が最終防衛ラインを決壊させたことはあるだろうか?少なくとも私は、公衆の面前で花火を打ち上げたことはない。実際、私達の戦績は良いはずだ。それでも尚、いつも私達は善戦を強いられる。何故だ。それ程に奴らは強敵であるのか?
否、私達はアクシデントに弱いのだ。例えば、修学旅行の集合時間に遅れた人がいる。しかしそいつは、電車を一本乗り過ごしても集合時間に間に合うよう、余裕を持って家を出ていた。そう、余裕を持って家を出たが、駅のトイレに捕らえられていたのだ。
そこで先生が「集合時間に余裕を持って家を出るようにしなさい」と説教したとしよう。私がそいつであればこう思う。
「便意を計算に入れろと!!!?」


取り敢えず梅田編、はっじまっるよ〜


梅田編 

 2023年秋ごろ、私は大阪に観光に来ていた。
大阪に明るくない私はTwitterのフォロワーに、観光地のおすすめを教えてもらった。その1つに、阪急梅田本店のいか焼きがあった。
普段はいかを好んで食べないが、一人旅行では自然と歩幅が大きくなるというもの。せっかく勧められたし、ぜひ食べようと思っていた。前日、友人の家に泊まらせてもらい、私は朝早く梅田駅のだだっ広い構内を練り歩き、壮大なクソながエスカレーターを登って、梅田の街に降り立った。
時刻は9時前。阪急梅田本店の開店時刻(10:00)まで時間がある。そこで、すぐ近くのカフェに向かい、モーニングを頂くとした。コーヒーとトーストをもしゃもしゃ食べながら、大学生くらいの男から仕事を紹介して貰っている若い女の気持ちを考えて時間を潰した。

頃合いだと思い、食器を片して阪急梅田本店へ向かった。しかし、その日は営業時間が異なっていたらしく、イカ焼きへのヘブンズゲートは開かなかった。その代わりに、別の門が開きかけていた。

「こらあかん、トイレどっかねぇかな」
ここが分岐点だった。
本店は開いておらず、トイレを借りるためだけにカフェへ戻るのはプライドが許せない。何より所持金に余り余裕が無かった。そこで私は、梅田駅に目をつけた。利用者も多く、梅田迷宮や梅田ダンジョンとも呼ばれる駅ならば、トイレの設置台数も多いだろうと。
いざゆかん、梅田迷宮、修羅の道。下痢の誘い、羞恥の極み。

青、赤、青、赤...、必死の形相で私は歩いた。眼鏡はかけていなかったが、両目合わせて視力8.0はあっただろう。しかし私には、トイレは見つけることが出来なかった。深夜の濃厚ラーメンに友人を誘った昨晩の私を、絶体絶命の私は滅相に恨んだ。

時刻は10時20分。本当に限界だった。肛門括約筋の栄光なるご活躍を切に願う私に、ある行列が目に入る。パチンコでもあるのかと思ったが、デパートの開店を待つ列らしい。天啓だった。デパートであれば、フロアマップの配置が大体共通しているもの。トイレであれば、端っこにあるのが常!私はこのデパートに賭けることにした。

直ぐに開店時間になった。私は一目散にデパートへ駆け出した。
「トイレはどこじゃ!トイレはどこじゃあ!?」

フロアマップを見ると、上の階にあるらしい。トイレの所在を確認したら、一気に安心してきた。エスカレーターを登り、メンズファッションフロアにたどり着いた。

私は何気ない足取りで、真っ直ぐとトイレに歩を進めた。ロングコートにダークインディゴのデニム、茶色の革靴と、年季の入ったリュックとバック。背面は若干ダサいが、服装はそこそこだと自負している私の平常心は、直ぐに崩壊した。

「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」

そう、開店直後のアパレル店員が店前で挨拶してくるのだ。

「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」

どこもかしこも有名ブランド。古着好きの私がいつか店舗で買いたいと憧れを持っているあのブランドの店員も、私が通ると挨拶してくる。なんと言うことだ。脱糞間際の私が先走ったがばかりに、今から仕事をしようと愛想に満ちている彼等の挨拶を受け止めることになってしまった。気分はまるでどこかの会長だ。下半身へ抜け出そうとする力を除けば、これ程気持ちの良い瞬間はないだろう。


こうして私はトイレにたどり着いた。
無事、解放のドラムを鳴らした私は、一連の騒動を振り返り、教訓を得た。
「梅田迷宮を舐めるな。」



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