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どのように世界を見たいか?

皆さんは、SNSの「ミュート機能」を使ったことがありますか?
「フォローは続けるけど、その人の投稿を見えないようにする」というアレです。
そもそも「どうしてそんな機能があるのだろう」という疑問が湧くかもしれませんが、今日も僕は「ミュート機能」を使いました。

リアルでその人のことを知っていて、別に嫌いなわけでもない。
でも、「リアルで会うその人」と「SNSでのその人」から受け取る印象は同じになわけではありません。
それは悪いことではなく、むしろ当たり前のことなのかもしれません。
SNSだと、「文字だけ」「写真だけ」の投稿になることが多く、またそれも制限がある中での表現だったりします。
「嫌いなわけではないけれど、その人のSNSでの表現に触れると疲れる」。
そんな時、僕は「ミュート機能」を使います。

「フォローを外したわけではない」というメッセージを含んでいるミュート機能。
便利で有り難いものでもあるけれど、そこから受ける影響には危険もあるかもしれないな、と思っています。

それは、「自分の目に映るものは選べる」という感覚が醸成されることです。
「ミュート機能」を使うということは、まさに「見たいものを選ぶ」ということです。
SNSではそれが可能で、有り難くもあり、時に必要となる場合もあるかもしれません。
しかし、世界は「自分の見たいものだけで溢れている」わけではないと思います。
皆さんにとってはどうでしょうか?

純粋な疑問ではなく、疑念が湧くような出来事も起こっているのが「世界」だと思います。
僕たちはそこに目を瞑ることができるのでしょか?

もしかすると、できるのかもしれません。
しかし、それはきっと「自分と世界で生きる道」ではなく、「自分の世界で生きる道」なのだと思います。

世界を「自分の見たいものだけで溢れている」と認識しようとするより、「共感できなくてもいいから、色々なことが起こるところ」と目を開けて見ていたいです。
皆さんは、どんなふうに「世界」を見たいですか?

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Rinfinity~食にたずさわる人の生き方~
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