見出し画像

光を閉ざしたアトリエ(5)

茶室はアトリエを出て左正面にあった。

平野の描いた屏風が茶器の美しさと相まって、小さな空間を引き立たせていた。南側の縁側からは庭が望め、雨に濡れた木々の葉が緑度を増していた。植木屋に手入れをさせると丸坊主になるから厭だと言って、草木の伸びるままにまかせたこの庭を平野は「鬱蒼と繁った小さな森」と呼び、それを眺めながら飲む3時のお茶を日課にしていた。

その傍らには必ず清子夫人がいた。

夫人はその日のニュースや近所の話題を平野に話してきかせた。彼は相槌を打つだけだったが、夫人の話を楽しみにしていたらしい。返事がないので聞いていないのかと話をやめると、彼が一言「続けないか」と言ったことがあるという。また、平野はたとえスランプでも、それを愚痴ることはなかった。ただ、新しい絵に対して、夫人の感想はよく求めたという。その言葉は彼にとって、一服の清涼剤の役目を果たしていた。

夫人の点てた抹茶を一口飲んだ。ほんのりとした苦味が気分を一新させる。静寂が辺りを支配する時間、平野はこの時間をこよなく愛したことだろう。

大坊は器の縁を指先で拭うと、それを半回転させ夫人の前にそっと置き、「ごちそうさまでした」と言った。夫人は「お粗末さまでした」と言って、気を遣わずに正座の脚を崩すように勧めた。大坊は「それでは」と胡坐をかき、静かに話し始めた。

「平野さんの旅行にはすべて同行なさっていたそうですね」

「ええ」と夫人は頷いた。

「1974年、初めてヨーロッパに旅行して以来、毎年のようにヨーロッパ、中央アジア、ウルゲンチ、タシケント地方、ギリシャ、モロッコと出かけておられます。先ほどからずっと話題にしてきた彼の社会に対する怒りや抱えてきた孤独、そういうようなものを遠くから眺められる、よい機会だったのではないでしょうか」

「そうですね、瞬間的だったかもしれませんが、わりあいに解放されていたと思います。私も年齢を経るにつれ、面倒だなと思ったりもしたのですが、飛行機に乗ると気持ちが高揚するんでしょうね、彼が文章を書き出して読ませてくれるんですよ。それでやっぱり旅行をすべきだなと思って。ミコノス島に行った時は町中が白い壁に囲まれていて、誰もが優しくて、だからそこに1年くらいいて島の人全員の肖像画を描いて展覧会がしたい、とよく言っていましたね。『俺はヨーロッパの小さい国に生まれればよかった』と……」

夫人は彼と行った町並みや人々を遠く思い浮かべているようだった。大坊はそんな夫人の表情をまっすぐ見つめていた。

「海外旅行をする以前と以後では、彼の絵に変化が見られると思うんですよ。というのも、旅の途中でのスケッチは群像や人物が多いですよね。その眼差しが、とても優しいと思うのです」

「平野は海外に行くと、狩猟者が獲物を追うようにして描くんです。人物の動きも色彩も、彼の心の躍動を感じられるのです」

「そういう瞬間というのは、アトリエで黙々と描くスタイルと大きく違いますよね」

「そうなんです。その姿を見るのも楽しみなの。彼が生き生きと描いているその姿を……。ホテルに帰ってもデッサン帳を広げて、印象が薄れないうちにそれに色を塗るんです。それを傍らで見ていて、私自身も何か触発されるというか、満たされた気持ちになるんです」

「僕が思うに海外旅行は、人間というものの見方、世の中や自然への新しい考え方を彼の中に生んだのではないでしょうか」

「私はね、非常に重いものを描く反面、あら、あなたにそんな垢抜けた色彩感覚や表現もあるの、と思っていたのです。彼の暗い闇から生まれてきた、宝石のようなものを感じた。彼の泥にまみれている中の、キラッと光ったものは本物に違いないという確信があった。それを私自身が追求したいという想いがあったのです。平野は、若い時はそれを表現できなかっただけで、最初からその輝きは持っていたんですよ」

撮影:阿部稔哉


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?