困った。続ける話がない。そもそもしたい話なんてないのだ。単刀直入に二言目に寂しいです！　いっしょに鍋しましょう！　とか切り出せたらマッチングアプリはどれほど楽か。言えない……うかがう……距離感、文体、趣味趣向……まったくの赤の他人……感情も何もわからぬ相手に、何を言うべきか。これがブログのようなものであれば好き勝手言い散らかせるだろう。しかし会話、対話においては、散漫な長文はご法度……。

　つまらない近況報告に落ち着く。あとどれだけ遠回りしたら、私たちは巡り合えるのだろうね。文末の笑。これがいかにも不器量で気に食わない笑。

　それから私は自分の職業をちゃかして見せて、こんな仕事にはつかないほうがいいですよ笑、などと長文で返信した。やりとりはそして中絶した。

　いったい、この男はどう話を持っていきたいのだろう。どういう返信を想定しているのだろう。あるいは想定なんかしていないみたいだ。行き当たりばったりで進めて、行き詰ったら笑を使って、落としどころのないやりとりを無限に続ける気だろうか。こっちの時間だってタダじゃない。nanaはそう思ったと私は思った。ならばハナから踏み出しておけばよかった。国葬賛成派でしたか？　反ワクチンですか？　私刑に関しての持論はありますか？　好きなプロレタリア文学はなんですか？　私は葉山嘉樹です！　しかし訊いたところで何になる。私はそもそも、他人の話を別に聞きたくはなかった。なのに人とつながろうとしているのは、まったく筋が通っていない。ひとのことばを大切にしない私が、どうして大切にされるだろうか。葉山嘉樹が転向して祖国の難に赴きたしと電報を打つ日記の一文は涙なしには読めませんでした。後世の人たちがいかに彼を評そうと実際の当時に生きる葉山の肌感覚では、戦争協力という形がいちばんピンと来たのだと思います。また彼の死に際もよかったです。引揚げの道中での死。たぶん一番いいところで逝ったことだと思います。

　一日じゅう、二つのマッチングアプリを行き来して、どちらにも課金して、ああ私は何をしているのだろうなと思いながら、思考回路を焼き尽くすべく酒を飲んでいる。他人の気持ちを考えましょう。小学生のころから言われている。ずっと馬耳東風に振る舞っていたけれど、そうだね、正しかったね。

　マッチングのしなさは一日足らずの間であれ私の心をえぐるけど、心はとうに壊れているからへいき！　ぜんぜん元気！　かねてより壊しておいてよかった！　あぶねえあぶねえ。せめてマッチングしやすそうな人を選ぼうと太目やぽっちゃりの女性ばっかり選んでいる。ライバルは少ないほうがいいだろう。私は誰でもいいから。どんなんでもいいから。自尊心とかまっさきに粉々にしたから。ついでに道徳観も壊しておいた。もう私の前で誰も人の道を説くな。やっぱ人の道って捨てたほうが傷つかないで済むな。晶子もそう言ってる。晶子知ってる？　やわ肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君って言った人。短歌の意味はよくわからないけどマッチングアプリの歌だと思う。今の世に生きてたら大学の短歌会とか入って現役女子大生の第一歌集！　って売り込みされてたと思う。卒業後に年上の編集者とデキ婚してそう。何の話だよ。どうかしてるよ。お金を払って心をすり減らしている。サービス残業よりたちが悪い。与謝野晶子マッチングアプリやってねえかなあ。やってたらいっしょに連歌しましょうって誘えるのになあ。

　自分のプロフィール写真が悪いのかと思って、撮りなおそうと鏡の前に立って顔や髪を整えようとした。鏡の中の私と目が合った。性欲だけが残った不細工が一匹、うろんに私を見ている。整えようがなさそうだった笑。