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リレーエッセイ「わたしの2選」/『ハーレムの闘う本屋 ルイス・ミショーの生涯』『やんごとなき読者』(紹介する人:北村みちよ)

英日翻訳者の北村みちよです。出版翻訳者になりたくて20年ほど勉強を続け、2013年に最初の訳書を出すことができました。それからも細々と翻訳を続け、ここ数年は、一番の希望ジャンルだった文芸小説を訳せるようになり、ありがたく思っています。
 
そんなわたしですから、翻訳者としてリレーエッセイに執筆できるとはとても光栄で、お声をかけていただいたときはすぐに喜んでお引き受けしました。とはいえ、2冊選ぶとなるとなかなか難しい、さてどうしたものかと悩んだ結果、「本屋あるいは読書にまつわる作品」に絞ることにしました。共感してくださる方もいるのではないかと思いますが、書店を舞台にした小説や、タイトルに「読書」「読者」が含まれている本を見かけると、思わず手に取ってしまいます。そんな中でも特にお気に入りの2冊をご紹介させてください。

『ハーレムの闘う本屋 ルイス・ミショーの生涯』

ヴォーンダ・ミショー・ネルソン著  原田勝訳  あすなろ書房


まずは、翻訳勉強会でもお世話になっている原田勝さんの訳された作品。もともとわたしは原田さんのファンで、この本にはまだ一ファンだったころ、2015年4月に出会いました。いまではボランティアスタッフを務めている「洋書の森」のウィークエンドスキルアップ講座に原田さんが登壇された際、この本を入手し、原田さんにサインまでしていただいたのです。


1939年、ニューヨークのハーレム地区で黒人専門書店を開いたルイス・ミショーの生涯を描いた作品ですが、ミショーの弟の孫娘、ヴォーンダ・ミショー・ネルソンが、現存しているインタビュー記事や録音などの資料をよりどころに、親族や知人たちから聞き取りを重ね、どうしても空白になった部分は調査に基づく推測で埋めてまとめたものらしく、いわば「ドキュメンタリー・ノベル」になっています。その独特な構成も魅力的ですし、イラストや写真が満載で、ページをパラパラめくっているだけでも楽しめます。原題の "No Crystal Stair"(「水晶の階段じゃなかったけれど」)は、ミショーの書店の顧客でもあったラングストン・ヒューズの 'Mother to Son' という詩の一節。この詩は本文中に引用されていますので、ぜひ味わっていただきたいです。
 
わたしは、1996年夏から1年半ほど、夫の仕事の関係で、アメリカ・ノースカロライナ州のダーラムに滞在していました。その折にデューク大学のキャンパスで開講されていた ESL(English as a Second Language)クラスに通い、アメリカの歴史や文化も学んだのですが、特に、公民権運動を題材にしたすばらしい授業を受けたことがいまでも心に残っています。どこか対岸の火事のように感じてしまっていた事実を目の前に突きつけられた思いがし、あれ以来、人種差別問題にそれまで以上に興味を抱くようになりました。それで『ハーレムの闘う本屋』に惹かれたわけですが、さらにわたしの心をとらえたのは、ミショーの愛情あふれる人柄と熱意です。原田さんにサインと共に書いていただいた「知識こそ力」という言葉は、まさにミショーの信念。ミショーは、この信念を抱きつつ、創業時は在庫が5冊しかなかった小さな本屋を、1974年に店じまいするときには22万5千冊も抱える全米一の黒人専門書店にまで育て上げたそうです。
 
この本を読んで以来、「知識こそ力」はわたしにとって事あるごとに思い出す大切な言葉となりました。真の知識を身につけるべく、これからもあがきつづけていくことでしょう。


『やんごとなき読者』

アラン・ベネット著  市川恵里訳  白水社

もう1冊は、イギリス好きのわたしとしてはどうしても紹介したい作品。今年即位70周年を迎えられた英国女王エリザベス2世が主人公の小説です。原題は "The Uncommon Reader"。著者は、映画『ミス・シェパードをお手本に』などの原作者としても知られるイギリスの劇作家・脚本家のアラン・ベネット。80歳を前にしたエリザベス2世が、ひょんなことから読書に目覚め、どこへ行くにも本を手放さず、ひいては公務もおろそかになり……といったストーリーです。もちろんフィクションですが、エリザベス女王が実に生き生きと魅力的に描かれていますし、イギリスらしいユーモアがたっぷり込められていてくすくす笑える一方で、ほっこりする物語です。
 
そして何よりもこの本に魅了される理由は、「本好きあるある」が随所に散りばめられている点です。たとえばこんな感じ。

……ほかにもわかってきたことがある。一冊の本は別の本へとつながり、次々に扉が開かれてゆくのに、読みたいだけ本を読むには時間が足りないことである。(『やんごとなき読者』白水Uブックス26ページ)

まさしくわたしが日頃から感じていることで、「うん、うん」とうなずかずにはいられません。
 
2017年に「はじめての海外文学フェア vol.3」の選書をさせていただいた際にはこの本を推薦しようと思っていたのですが、在庫僅少のため仕方なくあきらめました。それでも機会があれば紹介しようとの思いをしつこく抱きつづけてきたところ、昨年、この本は「白水Uブックス」として刊行され、こうして晴れてご紹介できるようになった次第です。ハードカバー版は装幀も気に入っていたので、そのまま再版されなかった点はちょっと残念ですが、安価になってさらに勧めやすくなったのはうれしく思っています。
 
実は、以前から訳したいと思っている古書店を舞台にしたYA(主に中高生を対象にした作品)がありまして、いつかみなさんにご紹介できたらいいなと夢見ています。それが実現できるかはさておき、今度はどんな「本屋あるいは読書にまつわる作品」に出会えるか楽しみでなりません。


 
■執筆者プロフィール 北村みちよ(きたむらみちよ)
英日翻訳者。訳書に、『ウィルキー・コリンズ短編選集』(編訳、彩流社)、『英語で聞く 世界を変えた女性のことば 日英対訳』(ニーナ・ウェグナー 著、IBC パブリッシング)、『エーリヒ・クライバー 信念の指揮者、その生涯』(共訳、ジョン・ラッセル 著、アルファベータ)など。2022年秋には、長編小説(ハートフルコメディ)が刊行予定。2020年春に英国短期留学&スペイン旅行を計画していたのに、コロナ禍になってあえなく断念。落ち着いたらぜひ実現させて、パブ&バル巡りも満喫したいともくろんでいる。
Twitter:@KitaMicchon



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