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19 目が覚めるまで

混雑した店との出会い

 ドアは開いていた。板チョコのような凹凸のある板で作られたドアは開いたまま、水を入れて重石となるプラスチックの台で閉じないように押さえられ、そこには「深夜コーヒー」というのぼりが立てられていた。
 なにげなく入ると、入ってすぐのところにカウンターがあった。半透明の滑らかなトップ、それをステンレスが縁取りしている。湾曲しており、二十センチほどの厚みがあって、体を預けても心地良い。
 頼んだわけではないが、すぐさま空のカップが目の前に置かれる。カップの下には皿が添えられている。
 バーテンダーのような雰囲気で白いシャツを着た男が、私の前に立つ。背が低いらしく、カウンターに埋まっているように見えるが、茶色い陶器の器を手にして、その中身を激しく攪拌している。
 何も注文をしていない。メニューもない。
 左手はあと二人ほど立てるスペースがある。右手には私の部下が二人並んでいて、その隣に天井まである観葉植物がある。天井も壁も真っ黒に塗りつぶされていて、カウンタートップだけが白く光るのだが、観葉植物を回って店は奥へ続いている。その奥はよく見えない。ただ、そこにはやたらに多くの人たちが立っていて、音楽に合わせて体を緩く動かしている。
 私の横にふいに二人の男がやってきた。彼らもカウンターに体を押しつけるようにする。
 目の前の店員はまったく同じず、目も向けない。それでいてそこに客がいることを確認している。
 混雑した店なのだが、私の周りだけは静かだ。

12000円の意味

 喉が渇いているので、なにを供されるのかわからないものの、早く目の前の店員が攪拌を終えて、中身をカップにあけてくれないかと願っている。とくに激しい音楽がかかっているわけでもないのに、こっちの声は向こうに届かない。店員はなにも声を発しない。
 隣にやってきた二人は、俳優のような目鼻立ちのくっきりとした男性で、スーツを着ている。それは、さっきまで商談をしていた相手先の担当者なのだが、私を見もしないし、こちらの存在は無視していた。いまはオフなのだから、仕事は関係ないと言うのだろうか。
 声をかけるべきか。
「あのう」と声を出したものの、やはり相手には届かない。それでいて二人はとても楽しそうに話し込んでいる。彼らの前にもカップが置かれている。
 いま作っている飲み物を彼らにも分けることになるのだろうか。
 ほどなく、攪拌が終わった。
 いよいよ私の番だろう。
 店員が容器を大事そうに傾けると、コーヒーの香りがあたりに充満する。これはコーヒーだったのだ、と気づく。そしてホッとする。未知のものではない。コーヒーだとしてもかなり上質の香りがしている。攪拌するだけでこれができるのか。インスタントなのか。
 あ、溢れる。
 カップになみなみと注がれた液体だったが、溢れそうになると泡になって、丘のように盛り上がる。黒い液体はやや薄い茶色になり、いかにも美味しそうな泡だ。
 私はそれを手にする。妙に軽い。もしかしたら、と口をつける。それは泡だ。カップの中はすべて泡なのだ。
 部下にそっちのカップはどうなのか聞こうとしたが、やはり声は届かない。
「12000円です」と店員に言われた。
 高くないか? それは一杯分なのか。それとも部下のものも含めているのか。
 そのとき、右側の男たちが私に向かってカップを掲げているのがわかる。なんだ、こっちのことは知っているじゃないか。つまり、いまカウンターの前にいる全員分で12000円なのか。
 しょうがない。私は黒い鞄の中に手を突っ込む。紙がある。二枚抜き出すと、それは、極彩色の民族衣装に飾られたインドの舞踊家の絵のついた、紙幣のような大きさの紙だった。裏側はやはり極彩色の布をかけられた象と象使いたちの絵だ。
 サイフがない。
 少し焦って鞄の中身を覗き込む。色鮮やかな紙片がぎっしり入っている。それをかきわけてようやく底の方にあった長財布を取り出す。おカネはある。よかった。財布を開くと、そこにはぎっしりとお札が入っている。
 しかし12000円も払うべきなのかな、と考えてしまう。

 そんな夢を、今朝見た。これは、夢で「実体験」したことを元にして文字にした「創作」である。この夢に意味があるとすれば、なんだろう、と思うが、そこに意味をつけずに、いずれなにかに関与したときにきっと気づくだろうし、気づかないかもしれない。夢は体験ではない、としてしまえば、すべて架空のことだ。でも、夢は架空なのだろうか。
 少なくとも今朝の夢は、私にとっては体験だった。不可解な体験である。不可解な体験は日常でも時々感じることだ。それと比べて夢だから無意味だと片付けてしまっていいのだろうか。
 

 
 
 

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