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『荒地』 – 日めくり文庫本【4月】

【4月13日】

部屋の中では、女たちが行ったり来たり、
ミケランジェロの話をしている。

やっぱり時間はあるさ、「やってみようか?」、「やってみるか?」と迷う時間。
いったん昇った階段をまた降りてくる時間、
ぼくの頭は天辺が禿げかかっている——
(女たちは言うだろう——「あら、毛が薄くなってる!」)
ぼくのモーニングは襟が高く顎までくっついている、
ネクタイは高価なもので、地味だがピンがアクセント——
(女たちが言うだろう——「この人、なんて痩せて細い手足!」)
やってみるか、ひとつ、
大宇宙を揺るがすようなことを?
一分間の中にも時間はある、
一分間でひっくりかえる決断と修正の時間が。

というのも、僕は知っている、みんな知ってるんだ——
夕方も、朝も、午後も、みんな知ってるんだ。
自分の人生なんか、コーヒー・スプーンで量ってあるんだ、
遠くの部屋からもれてくる音楽に押しつぶされ
絶え入るように消えてしまう声など、知ってるんだ。
  今さら、踏んぎるなんて!

あんな目つきなど知ってるんだ、みんな知ってるんだ——
おきまりの言葉でこちらを決めつけるあの目つき。
ぼくは決めつけられ、ピンで磔(はりつけ)にされ、
ぼくがピンで刺され壁でもがいているというのに、
どうして始められよう、
日々の仕事の吸い殻を今さら吐き出すなんて?
  今さら、踏んぎるなんて!

あの前腕のことなど知ってるんだ、みんな知ってるんだ——
ブレスレットをつけた、あのむき出しの白い腕
(ランプの光で見ると薄茶色の産毛が生えている!)
ドレスの匂いのせいだろうか
こんなによろめくのは?
テーブルの上に置いた腕、ショールをまとった腕。
  今さら、踏んぎるなんて!
  どう始めればいいって言うんだ!

「J・アルフレッド・プルーフロックの恋歌」より

——T・S・エリオット『荒地』(岩波文庫,2010年)12 – 14ページ


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