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立川小春志真打昇進披露興行(その2)〜「化け物使い」という噺が表現したものは

(承前)

今年の5月の記事でも紹介したが、今回の立川こはる改め小春志の真打披露興行@有楽町朝日ホール。10公演の演目は以下の通りである。

28日 昼「らくだ」/夜「子は鎹」
29日「鼠穴」/「大工調べ」
30日「化け物使い」/「品川心中」
31日「居残り佐平次」/「ねずみ」
11月1日「明烏」/「宿屋の仇討」

落語をお好きの方なら、とんでもないラインアップであることが分かるはず。私の行った30日昼は「化け物使い」。この中では、比較的軽め、落語らしい演目である。

一人暮らしのご隠居は、人使いが荒く使用人がいつかない。口入屋で職探しする者の間でも有名で、行きたがる人がいない。ところが、権助(演者によっては杢兵衛)という男は、我慢強さと仲間に対する意地から三年間、隠居に仕えることができた。しかし、このタイミングで権助は「暇を頂きたい」と退職を申し出る。

この隠居が新居に越し、権助に片付けを言いつけている場面から、小春志の話は始まる。

後でいくつかの音源をチェックしてみたが、志ん朝始め多くは使用人が隠居の元に目見えし、即座にこき使われるところから始まる。師匠筋の先代柳家小さんも同様だが、大師匠の立川談志は引越から始まる型「ひとり会」の音源)、小春志はこの立川流のスタイルを継承している。

隠居があれこれと用事を言いつけるところを、見事なテンポで演じた。昨日、談志が前座時代の彼女に「口調は良い」と評したと書いたが、小春志のリズムは聴き手を心地よくさせる。

旦那から暇をもらい、主従の関係がなくなった権助は、この際だからと隠居の人使いの荒さを解説する。この隠居は意地悪で人を奔走させているわけではない、「思ったことをすぐ口にしてしまう」から、使用人の行動に無駄が出る。それが、“人使いが荒い“につながっているのだと説く。

こうして、小春志は権助が隠居の元から去るまでを、丁寧に演じる。なるほど、「化け物使い」の話の本質はここにあるのかと思った。

仕事が忙しすぎて、仕事を辞める。使用人側に悪意がある、いわゆる“ブラック“の場合がほとんどだろう。しかし、忙しさに合理性がないというケースもあるのではないか。仕事の効率性を考えずに、上司が仕事を降ろしてくる、自分の限られた時間が無駄に費やされる、これも人としては耐えられない状況だ。「上司は思いつきでものを言う」である。

落語というものを分解して突き詰めていく、そんな大師匠談志の姿勢が小春志にも継承されていて、彼女がこの噺を極めようとした結果、こうした印象をもたらしたのだろう。

権助は去り、屋敷には“化け物“が現れ、隠居は彼らを使い倒す。後半は落語らしい展開で大いにウケる。厄介な現実は消え去り、聴くものからも“化け物“はおちる。

ロビーに師匠立川談春の手による、「真打認定書」が飾られていた。そこに、<女性に共感を得る芸を望む>と書かれていた。談春自身が苦労しているところを、弟子に託しているようにも見える。ただ、小春志の芸には、ジェンダーというのを飛び越える可能性があるとも思う。そのまま伸びていって欲しい。志の輔、談春、志らくに次ぐ世代のスターが求められている立川流。ひょっとしたら、小春志がその候補の一人ではないだろうか、いやなるべきだ。

真打昇進おめでとうございます。誠に結構な披露興行でした


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