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愛情が耕した広大な畑〜「親愛なるレニー レナード・バーンスタインと戦後日本の物語」

映画「マエストロ:その音楽と愛と」(2023年)を観ながら、あの本を早く読まないとと考えていた。


吉原真里著「親愛なるレニー レナード・バーンスタインと戦後日本の物語」(アルテスパブリッシング)である。

私は本書をどこかの書評欄で発見、購入していたと思う。映画を観た勢いで本書を開き、一気に読まされた。

数々の賞に輝いている本書なので言わずもがなだが、素晴らしい作品である。もう少し軽い読み物かと想像していたのだが、これは良い意味で研究論文のようなものである。

それは、決して読みづらいということではなく(むしろ、極めて読みやすい)、執念と言えるほどの調査と研究をベースにし、かつ日本という視点から書いた、素晴らしいバーンスタインの評伝になっているからだ。

著者の吉原真里は、ハワイ大学アメリカ研究学部の教授である。彼女は、<冷戦期における文化政策の日米比較分析をしようと>(「親愛なるレニー」より、以下同)、アメリカ議会図書館を訪れる。そこで、バーンスタインに関する膨大な資料に出会う。2013年のことである。

その中には、個人書簡も含まれており、吉原はリストの中に二人の日本人名を見つける。Amano, KazukoとHashimoto, Kunihikoである。それは、後に天野和子、橋本邦彦と判明、バーンスタインへの最初の書簡を送った場所は日本である。

二人からの書簡を含め、吉原は膨大な量の資料にあたっただろう。まさしく、<ジグゾーパズルを組み立てるように>、二人の人生を想像し、バーンスタインの生涯を理解していく。

天野和子は、1947年日本の一ファンとしてバーンスタインにファンレターを送り、それがきっかけとなって親交を深める。橋本は1979年に<バーンスタインと出逢い、激しい恋に落ち>る。

彼らとバーンスタインの交流を描くことにより、吉原はバーンスタインの問いかけを再現する。
<「芸術とはなにか?」「人生とはなにか?」「愛とはなにか?」>

バーンスタインは、とてつもなく大きな愛を持つ人間である。それが故に、多くの人を受け入れていく、いや受け入れざるを得ない。映画「マエストロ」で描かれる妻フェリシアだけでなく、天野和子も橋本邦彦もそのことを理解している。

バーンスタインが世に出た頃、クラシック音楽はヨーロッパのものであり、欧州の演奏家が本流という幻想が残っていた。そんな中、彼は初の世界的なアメリカ出身指揮者となった。彼の音楽に対する愛情は、それまでの偏狭な考え方など簡単に乗り越え、クラシック音楽の世界を作曲という行動を含め広げる。さらに、その愛情を増幅させるかのように、小澤征爾を含む多くの音楽家を後押ししていく。

愛情は音楽にとどまることなく、世界レベルへと広がり、世界的な課題に対して愛情とその裏側の怒りを持って正対する。

バーンスタインはこう語る。
<私はふたつのものをとりわけ愛しています。音楽、そして人間です。>

バーンスタインの作品「キャンディード」のフィナーレで歌われる、<《Make Our Garden Grow(畑を耕そう)》>のように、彼の愛情は広大な畑を耕し、天野・橋本を含む多くの実りをもたらした。

そんな一人、指揮者のマイケル・ティルソン・トーマスの言葉である。
<マエストロ・バーンスタイン、あなたの夢はかないました。さあ、私たちが育っていくのを見守ってください。>

バーンスタインの畑から生み出されたものの一つが、吉原真里が収穫した「親愛なるレニー」である。本書を一つの入口として、ぜひ、多くの人に恵みを吸収して欲しい


*BGM候補は沢山ありますが、バーンスタイン指揮/ベルリン・フィルの「マーラー交響曲第9番」と、同指揮/ウィーン・フィルの「シューマン交響曲第2番」を挙げておきます





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