弟は令和五年現在55歳である。
無職の独り身だ。
大学を卒業して地元の中小企業に就職したが、出社した当日に辞職した。「美大を目指して浪人します」と言って。
母は激怒したが、結局彼の希望を受け入れた。彼は東京芸大に二度落ちた。結局地元の美術専門学校へ通った。卒業はしたが、就職はしなかった。そのまま今に至っている。
弟が未だ三十代だった頃、両親は実家を二世代住宅に建て替えた。彼が何処かへ就職してやがて結婚することを夢見て。
が、彼は頑として就職せず、しかしながら家族に対しては常に礼儀正しく、母から毎月三万円の小遣いを受け取るも、無駄遣いをする訳でもなく、ただ実家に住み続けた。存在し続けた。この頃の彼の胸の内は私には分からない。両親にも分からないだろう。
カフカの「変身」の主人公、ザムザ氏はある朝巨大な虫となるが、弟は弟のままだ。
(続く)

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