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こんな人がいないところに私は行きたい

 滅多に人を嫌いにはならないが、時々軽蔑している。
 私の言葉ではない。かつて芥川龍之介が残した言葉らしい。なるほど、その場で眉尻はピク……と動くけど、口に出すほどではない感情を「軽蔑」と呼ぶのだと私は彼に教わった。
 それから振り返ってみると、軽蔑を感じるたびに内心つぶやく言葉があった。
 それが、こんな人がいないところへ私は行きたい、だった。
 人を軽蔑するたびに漠然と思った。こんな場所だから、こんな人がいるんだ。もっと高く、磨かれて、命が熱く輝くような場所に行けば、こんな人はいないはずなんだ。高みにいる人たちと同じところに私も立ちたい。
 それで、勉強を頑張った。田舎の公立中学校だったから、真剣に勉強している子はほとんどいなかった。模試では市内で一番になったけど、周りの環境は変わらなかった。私がどれだけ点を取っても、同級生はノートを書くのが上手な双子を「450点とか超賢い!」と囲んで褒め称えていた。私が同じテストで500点満点に近い点数だったことを知っているのは私の友達だけだった。火がついたように胸の奥と目頭が熱かった。自分の価値は自分で証明しなければならない。
 「ハネ」と嫌がらせのように2点引かれている朱色を私だけは誇らしく思った。
 こんな人がいないところに私は行きたい。
 もっと尊い人がいる場所へ。もっと尊い精神がある場所へ。より高く遠く尊いところへ。
 そういう場所に、私は行きたい。まだまだ強く、そう思える。

 

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