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2016年熊本地震「奇跡の避難所」③~動き始めた街

熊本市街地に入ると、壊れた屋根を覆うブルーシートが急激に減る。逆に増えてきたのが、波打った道路だった。ただの段差じゃない。まるで超難関ゴルフコースのグリーンのように、縦横にうねっている。行き交う車を縫うように、作業員が道路面の段差にアスファルトを埋めている。

「補修前ならバンパーごと吹っ飛んでますね」。ハンドルを握るトシは、段差を越えるごとに体を揺らす衝撃に、地震が残した爪跡の凄まじさを体感した。阪神大震災直後に神戸へ就職したトシは、高架が途中でちぎれた高速道の光景を思い出していた。

物流の動脈、国道3号は、変わり果てていた。さらに車を進めると、トシも、タダアキも、目の前の光景に、我が目を疑う。

「街が動いてる」

幹線道路沿いに立ち並ぶ外食店が、ことごとく営業を再開しているのだ。テレビから伝わる映像は、いまなお、困窮を極めている…はずだった。物流が動き始めたことは知っていたけど、ここまで、街が息を吹き返していたとは、夢にも思っていなかった。トシが言う。「昼飯を食っていきますか?」。後部座席のタダアキが応える。「どうせなら、個人経営の地元店に行きましょう。ラーメンとか」。3人ともうなづいた。

しばらく車を走らせるが、個人店は営業を再開していない。開いてるのはチェーン店ばかりだ。復旧には人手も資本も必要だ。大手チェーンは、やはり強い、そして早い。ふと、焼き肉のなべしまが目に飛び込む。鹿児島資本の店だ。ここも地震では大きな被害を受けていた。「同じ鹿児島。ここにしよう」。満場一致で即決した。車を止め、店へ向かうトシが、おもむろに口を開く。「これだけ街が動き、外食店が営業してる。もしかしたら、僕たちが持ってきた炊き出しは、もう必要とされないんじゃないだろうか」。車には300食分の食材を積んでいる。

店を入ると、客が並んでいた。「30分待ちです」。店員が告げる。すぐに食べられないことではなく、これだけの人が外食に並ぶ現実が、驚きだった。目的地の避難所は、あと、わずか数キロ先だ。300食分の食材を降ろすことなく、伊佐へ持ち帰ることも正直、覚悟した。約束の時間もあるので、なべしまは断念。すぐ近くのラーメン店へ入った。

発災直後。テレビ局の人間が、熊本のコンビニで弁当を買って、それがネット上で叩かれた。「食うもの、飲むものぐらい、自分で持ってこいよ」と。いま、僕らは支援に来て、ラーメンを食べようとしてる。いったい、いつの時点ならダメで、どこからOKになるんだろう。ラーメンを待つ間、僕らは、そんなことを話していた。


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