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どう考えればいい?憲法と「緊急事態宣言」(2)

 前回は、自民党の憲法改正草案で緊急事態宣言に関係する部分(98条と99条)のうち、98条1項から3項までを検討してみました。それでは、残りの部分を見てみましょう。

98条4項
第2項及び前項後段の国会の承認については、第60条第2項の規定を準用する。
この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。

 98条4項は、国会の承認について、衆議院が参議院より優越することを定めたものですが、ここでは詳しいことは省略します。
 次の99条で、いよいよ緊急事態宣言が行われた場合の具体的な効果について規定しています。果たして何がどうなるのでしょうか。

内閣が国会抜きで法律を実質的に決めることができる

第99条1項
緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。

 ここでは、「法律と同一の効力を有する政令」というところが重要です。
「法律」とは、今さらいうまでもなく立法府である国会が制定するルールです。例はいくらでもありますが、たとえば道路交通法を思い浮かべてみましょう。これに対して「政令」とは、内閣が定めるルールで、たとえば道路交通法施行令があります。当たり前ですが、国会で可決しなければ成立しない法律よりは、内閣だけで決められる政令の方が、簡単に制定できることになります。

 さきの例の道路交通法と道路交通法施行令では、どちらが上位の効力を持っているかといえば、現在の憲法の規定のもとでは、道路交通法です。つまり国会が決める法律の方が、内閣が決める政令よりも上位のルールで、政令は法律に反することはできません。たとえば道路交通法で必要なすべて網羅して決めることは無理なので、細かい部分の規定は道路交通法施行令に委ねていますが、道路交通法施行令の規定に、道路交通法に反する内容を書き込むことはできないのです。法律は親亀、政令は子亀。親亀を国会が作り、内閣は子亀をその上に載せるだけというわけです。子亀は親亀に逆らえません。

 さて緊急事態宣言に話を戻しましょう。緊急事態宣言が発せられると、内閣は、「法律と同一の効力を有する政令」を決めることができます。さきほどの例でいえば、「道路交通法施行令」ではなく「道路交通法」と同じ効力を持つ政令を、国会の審議も決議もなしで、内閣だけで決めてしまえるわけです。
 これは要するに、国会抜きで、内閣だけで実質的に法律を制定したり改定したりできるということを意味します。つまり内閣の作った子亀が、そのまま親亀になってしまうわけです。
 身近なわかりやすい例でいえば、内閣は「緊急事態だから、労働者にも文句をいわず低い人件費で長時間働いてもらわないと困る。さらに国の財政のため税収も上げなくては・・・」ということで、労働基準法や消費税法を、内閣の一存で実質的に変更して、残業時間の上限を引き上げたり、消費税を増税したりすることも制度上は可能になります。さらに国民の表現の自由や移転の自由を制限する政令を制定したり、今まで存在しなかった刑罰を新たに定めるなどの例も考えられるでしょう。
 これらがすべて内閣単独でできるようになります。

国会の事後承認がなくても実質的に影響はない

2項
前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。

 さて、さきほどの「法律と同一の効力を有する政令」については、事後に国会の承認を得なければならないことになっていますが、これがまた曲者です。事後に国会の承認を得なかったらどうなるのでしょうか。その政令は効力が失われるのでしょうか。どこにもそんなことは書いてありません。ただ単に「事後に国会の承認を得なければならない」と書いてあるだけですから、これも内閣が義務を果たさなかったというだけで、政令はそのまま効力がいつまでも継続するとみるしかないでしょう。

国会の審議もなく内閣の一存で国民の基本的人権を制約できる

3項
緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第14条、第18条、第19条、第21条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。

 まず後半部分について説明すると、(自民党改憲草案の)第14条は「法の下の平等」、第18条は「身体の拘束及び苦役からの自由」、第19条は「思想及び良心の自由」、第21条は「表現の自由」の規定で、いずれも重要な規定です。さらにその他の自由や権利も含めて基本的人権に関する規定は最大限に尊重するといっているのですが、逆に言えば最小限の制約はありうる、ということも意味します。
 この「最大限の尊重=最小限の制約」の程度が具体的にどの程度なのかは、現時点では“やってみなければわからない”というしかないでしょう。たとえば政権や与党を批判する自由とか、強制労働の拒否などが問題となることが考えられます。

 次に前半部分で「何人(なんびと)も、法律の定めるところにより・・・公の機関の指示に従わなければならない」という部分に注目です。さきほど見たように、緊急事態宣言がなされれば内閣は法律を実質的に独断で(政令の形で)制定できてしまうのですから、結局「法律の定めるところにより」というのは、「内閣が政令で定めるところにより」というのと同じになります。つまり内閣が(国会審議抜きで)決めた政令にもとづく指示に、国民は従わなければなりません。

国会議員の任期を永久に延長できる

4項
緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

 緊急事態宣言をしている間は選挙などやっていられないということで、衆議院は解散せず、議員の任期も延長して選挙を先延ばしにしようということです。ただいつまで先延ばしになるのかは、この条文だけではわかりません。「法律の定めるところにより」と書いてありますが、既にみたように、内閣が独断で決められるのと同じことです。何の制限も書いてありませんから、結局、理屈のうえでは、議員の任期を永久的に延長することも可能ということになります。(逆に、国会議員にしてみれば、選挙を先送りしてくれれば落選の心配もなく、いつまでも今の地位が守られるのですから、緊急事態宣言を承認したくなるでしょう。)

 次回は、緊急事態の規定がそもそも必要なのかという問題もありますが、仮に規定を作るとしてももっと良い作り方がないのかという点についても検討してみましょう。(つづく)

#政治

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