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【掌編】花火

夏はやっぱり花火が欠かせず、ぱっと大輪に咲くあの一瞬のきらめきほど心を浮き立たせるものはない。今年は、大きな橋の上から、幼馴染の子と二人、浴衣姿で見物した。

花火の前に、橋のたもとで待ち合わせると、彼女は柑子色の地に赤い金魚をぬいた柄の浴衣を着て、帯は小豆色といったいでたちであった。私の側はというと、浅紫の地に薄紅と紺の朝顔が大きく描かれた浴衣に芥子色の帯で出向いた。提げている巾着は、実は昔一緒に買ったもので、色違いのお揃いだ。

石造りの大きな橋から身を乗り出しながら、上がる一瞬を息をつめて待つ。だんだんと、橋の上も人が増えてきて押し合いへしあいといった状況だ。上から見ると下の川原にも、レジャーシートを敷いた見物客が、ビール片手にたくさん集まっている。浴衣の下の肌が汗ばんできたころ、最初の一発が上がった。

ひゅうと鳴るやいなや、金色の花が夜空に咲いてわあっと歓声と共にぱらぱらと拍手の音がする。続けざまに緑、赤、また金、ピンクと打ちあがっては、ひらく。あとから腹にどぉんと轟音がひびき、小さい頃はやたらとこの大音量が苦手だったと思い出す。いまでは、ただ美しいと思うだけなのだけど。

今度は下から噴水のように吹き上げる花火だ。金の光が束となって、水仙の花のように花開く。目をこらすと一瞬で消えてしまうが、またすぐに吹き上がってくる。小さいサイズの花火が連続して夜空を光で染めあげ、小気味良い音は、こちらの気分を盛り上げる。

花火の光に照らされた、幼馴染の横顔がやたらときれいで、はっと見入ってしまう。川面にも夜空の光が映り、空と川と、光が両方に映っている。みんなそろって上を向き、はかなくて豪奢な夏のひとときを味わっている。この花火が終われば、夏も終わるのだ。そう思うと、終わりが惜しいような、ずっと見ていたいような、そんな気分になって、こんなに明るくて華やかできれいなのに、どこかさびしい。

最後のしめは、大輪の菊花火だ。ほんものの菊を模した黄金色の花火は、最後をしめくくるのにもふさわしく、また私のいっとう好きな花火でもある。夜空にぱっと広がり、光を落としながら消えていく菊の花を見ていると、いつのまにか目に涙がにじんでいた。目元に手をやる私に気づき、幼馴染が肩に手をかけてくれる。最後はふたりで夜空を見上げた。 

アナウンスが響き、今夏の花火の終了が告げられると、私たちは口々に夜店へ寄ろうとささやきあう。やきそば、ベビーカステラ、かき氷。とうもろこし、チョコバナナ、りんごあめ。川原の奥につらなる屋台の明かりに向かって歩き出しながら、私たちは夏の最後の一瞬まで、楽しみつくそうと顔を合わせて笑う。

【お知らせ】

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