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【小説】恋は心のどこにある⁉ 1-4 4月25日、女子高生な彼女の日常

恋を忘れた元ヤンクール天然ボケ男子大学生×初恋に全身全霊全力な元気いっぱい女子高生 が、ふたりで恋を探す、恋愛長編小説。

ハッシュタグ #恋心どこ でふたりの恋路を見守りませんか。
マガジン&登場人物紹介
1話
ひとつ前のお話


 
 
 四月も下旬に差し掛かり、新しいクラスやコースにもだいぶ慣れました。
 
 二年生になると、文理でコースが分かれるので教室移動が増えます。最初はちょっと面倒だな、なんて思っていたけれど、気分転換になって良いかもね。
 
 今日の三限目は、選択科目の生物。少し教室が遠いので、十分休憩に入った瞬間、ダッシュ! いえ、廊下を走るのは良くないので、ほぼダッシュの早歩き! をしていた足が、とある教室の前でピタリと止まります。
 
 
「つまり、すいさんかぶつイオンが」
 
 
すいさん!?
 
 恋しい人の名が、突如、教室から聞こえてきました! あら、授業がちょっと長引いてる。先生が早口で、イオンがどうちゃら話してますね。
 
 
「ハル! どうしたの、忘れ物?」
 
 
 一緒に早歩きしていたマリちゃんが、急に立ち止まった私にびっくりしています。私は慌ててぶんぶん首を振りました。
 
 
「ううん、違うの。ちょっと空耳が最高で……はっ、『空耳』と『空峰』ってニアピンだ! これはビックバン的大発見!」
「よくわからんけど、行くよ」
 
 
 マリちゃんは一年のときから同じクラスだから、私の言動には慣れっこ。
 ファミレスの間違い探しも一緒に楽しんでくれる大切なお友達を、授業に遅れさせちゃいけないね。早歩きダッシュを再開します。
 
 
「ごめんね。いいこと思いついちゃって」
「ハル、笑顔が怖い」
 
 
 慌ててぐっと頬を引き締めますが、あまりに『いいこと』だったので、ウキウキしてきました。ああ、早く昼休みにならないかなぁ!
 
 
 
 
 
 
 ハマると周りが見えなくなる、好きなものに一直線、好き過ぎて奇行に走ることが多い――家族や仲の良い友達からの、私の性格の評価は概ねこのような感じです。
 
 『奇行に走る』についてはモノ申したいけど、他は納得。
 
 私の趣味はお絵描きと工作と研究ノート作り。今まで研究した物事は数知れず、作った研究ノートは三十冊以上! 

 『間違い探し完全攻略』『『ピカピカ泥団子の記録』『イケてる盆栽の作り方』『マンガ・アニメの伏線考察』……私は、楽しいことを見つけるのが得意だし、それに全力を注ぐことも大の得意です。
 
 ただ、全身全霊で全力過ぎて、人からは奇行に見えてしまうみたい。『喋らなければいい』と言われたこともありますから。
 周りに迷惑だったら叱って欲しいけど、そうじゃないのに『喋るな』と言われるのはキツいけど……って、嫌なことを思い出してないで、作業作業!
 
 高校のお友達は人に迷惑をかけなければ、私の奇行? 暴走? に関しては見守ってくれます。今も、マリちゃんたちが不思議そうな顔で私を見ていました。
 
 
「教科書にマーカーするのが、さっき思いついた『いいこと』?」
 
 
 お弁当を食べ終えるなり、教科書を机に積み上げて作業を開始すると、マリちゃんが首を傾げます。
 
 
「そうそう」
「マーカーしてんの、重要語句じゃないよね? なんで?」
 
 
 ええ、重要語句かどうかはどうでもいいのです。
 私はただ、穂さんを連想させる言葉を、ひたすらマーカーしているだけです。
 
 
「授業を楽しくする工夫だよ。授業ってやっぱり、眠くなっちゃうこともあるでしょ? でも、マーカーされている単語が目に入れば、あら不思議! テンションぶち上げ!!」
「……まさかとは思うけど、『水産業』やら『水産資源』にマーカーしてるってことは」
 
 
 さすがマリちゃん、鋭い! 私はグッと親指を立てます。
 
 
「正解! 今マーカーしてるのは、私の大っっっ好きな人を連想させる単語でーす! 見て、このページはなんと、五『穂さん』!」
「新しい単位を生み出すな。みんなー、解散だー。この状態のハルに近寄るとヤバいぞー」
 
 
 ああっ、みんな死んだ目で散っていく! 私は必死にマリちゃんのカーディガンの裾を掴みました。
 
 
「待って、ちゃんと消せる蛍光ペンでマーカーしてるよ!?」
「なんの言い訳」
「マリちゃんもやってみよう!」
「やらんわ!」
 
 
 鋭く突っ込んだマリちゃんは、だけど少し歯切れの悪い口調で続けます。
 
 
「ハルが彼氏のこと大好きなのは、すごくわかる。わかり過ぎるほどわかる。でも、その、彼氏はハルのそういう感じは、全然オッケー、なの?」
「そ、それは……」
 
 
 一気に冷静になりました。水をぶっかけられた気持ちです。
 
 私は……中学校のとき、一度だけ、周りのみんなに勧められて、お付き合いをしたことが、あります。
 
 同級生だった元カレは、私の子供っぽいところが嫌いみたいだった。
 
 泥だんごを作る、カナヘビにはしゃぐ、クモの巣を見つけると写真を撮る、ファミレスの間違い探しにノリノリ、ご飯のお代わり――そういうことすると、ちょっと嫌そうな顔してたよね。

 謎の単位を生み出して教科書にマーカーするなんて、元カレ的にはナシでは?
 
 す、穂さんは……今のところ、私の言動に引く素振りは、ないけど……こういうの、『重い』『キモイ』って、感じちゃうかも……?
 
 
「ごめん、あたしハルの彼氏知らないのに、なんか、余計なこと言っちゃったね」
 
 
 マリちゃんが焦って付け加えてくれますが、私の心は決まりました。蛍光ペンのキャップを閉め、教科書を机の中にしまいます。
 
 
「ううん、マリちゃんの言う通りだよ」
「え、別に迷惑をかけるわけじゃないし、教科書見せなきゃ気付かれないじゃん?」
 
 
 それもまた、その通りです。私の教科書を穂さんに見せるシチュエーションが思いつきませんから、黙っていればマーカー大作戦が彼にバレることはないでしょう。
 でも、必要のない秘密を増やしたくありません。秘密なんて言葉を使うほど、大仰なことではないとしても。
 
 
「ううん。私、ちゃんと穂さんに聞いてからマーカーする!」
「……聞くの?」
 
 
 聞きます。まだ、穂さんとお付き合いを始めて二か月足らず。コミュニケーションは大切。引かれるのはちょっと、怖いけど。
 
 
「ハル……無責任な応援しかできないけど、頑張って」
 
 
 優しく私の肩を叩くマリちゃんは難しそうな顔をしています。マリちゃんのそんな顔、数学の難問を解くときしか見たことないんだけどな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 今日はちょうど、穂さんが塾のお迎えに来てくれる日です。いつものコンビニで待ち合わせて、一緒に私の家へと歩き出します。
 それにしても、穂さんって異様に夜のコンビニが似合うなぁ、深夜の渋谷とか新宿歌舞伎町も似合いそう。
 
 
「――マーカー大作戦か」
 
 
 私の話を聞き終えた穂さんは、あまり考える様子もなく、こっくり首を縦に振ります。
 
 
「千春が授業を楽しめるなら、いいんじゃねぇか?」
「いいんですか!?」
 
 
 つい大きな声が出てしまいました。もう住宅街なので静かにしましょうね、私。
 
 
「ウザくないですか、気持ち悪くないですか、ストーカーっぽくないですか?」
「ない」
 
 
 ないらしいです、良かった! 穂さんは変な嘘は吐かないので、安心。ほっと胸を撫でおろす私に、穂さんは続けます。
 
 
「でも、テストに関係ない単語もマーカーしてるんだろ? 千春が変に思われないか?」
 
 
 なんと、私の心配を!? 優しいな、大好きだなぁ……私は声量を抑えつつもきっぱり答えます。
 
 
「大丈夫ですよ、私はずっと前から変人だと思われています!」
 
 
 穂さんが眉をひそめます。どう見ても『心配』の表情です。
 
 
「嫌なことあったら言えよ」
 
 
 嫌なことなんて全然ないのですが……穂さんが頭を撫でてくれるのが嬉しくて、言語能力を失い、頷くだけになってしまいました。
 穂さんに触れられると、体の芯からぽかぽかしますねぇ。
 
 
 
 
 
 
 
 翌日、マリちゃんに穂さんとの会話を伝えます。マリちゃんにも、心配かけたからね。だけど、彼女は私の話を聞き終わっても、難しい顔のまま。
 
 
「ねえハル。『穂さん』って、実在してる?」
 
 
 なぜ実在を疑われて……? 
 はっ、そうか、穂さんの対応が完璧すぎたから!? 私の行動を快く受け入れ、あまつさえ学校生活を心配してくれるなんて、完璧の極みですものね! 乙女ゲームの登場人物だったんですか、穂さん!? 
 
 
「年下彼女に甘々の、顔の良い元ヤン……そんなのフィクションじゃん?」
 
 
 今度は物理の難問にぶち当たったときの顔で、マリちゃんがブツブツ呟いています。
 写真を見せれば、マリちゃんの悩みは解決しますが――『フィクションだと疑われる穂さん』って面白いので、しばらくこのままにしておきましょうか。
 
 『穂さん穂さん、カッコ良すぎて実在が疑われてますよ!』って言ったら、彼はどんな顔をするのかな。
 なんて考えながら、私は春の空のように青いマーカーで、教科書を染めていくのでした。


次の話→千春ちゃんの誕生日

☆『実在が疑われている旨』を伝えられた穂さんは、いつも通りの無表情で「へえ。俺は元気だけどな」と言いました。元気ならばなにより! と千春ちゃんも嬉しくなってめでたしめでたし。
ただし、マリちゃんはまだ穂さんの実在を疑い続けています。

  
 

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