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【小説】恋は心のどこにある⁉ 1-2 4月15日の間違い探しデート

恋を忘れた元ヤンクール天然ボケ男子大学生×初恋に全身全霊全力な元気いっぱい女子高生 が、ふたりで恋を探す、恋愛長編小説。

ハッシュタグ #恋心どこ でふたりの恋路を見守りませんか。
マガジン
登場人物紹介
1話



 朝起きたら、とても爽やかな晴天でした。私は晴れ女ですが、すいさんもきっと晴れ男なのでしょう。お揃い!
 うきうきで顔を洗ってリビングに入ると、新聞を読んでいた父さんは険しい顔で言います。
 
 
「彼とはまだ付き合っているのか」
「付き合ってるよ。今日もデート」
 
 
 キッチンの戸棚からティーバッグとマグカップを取り出して、魔法瓶の熱湯を注ぎます。すると今度は、私の分の目玉焼きを焼いてくれている母さんが、じっとり重いため息を吐くのです。
 
 
「取り決めだから聞くけど。あんた、今日はどこに行くの?」
 
 
 私の、世界で一番恋しい人――空峰穂そらみねすいさんとお付き合いが始まったとき、家族は条件を出しました。 
 
 
 ・門限は午後九時。
 ・外泊禁止。
 ・お互いの家の中には入らない。
 ・どこに出かけるか報告すること。
 ・その日なにをしたか報告すること。
 
 
 『交際を正式に認めて欲しければ、この条件を一年間必ず守りなさい』と、見たこともない怖い顔で、両親は言いました。
 
 私は、どうにか条件を撤回させようと頑張ったけど、無理で。
 こんな面倒な条件があったら、付き合いたくないよね……私は、お別れを覚悟して、穂さんに相談しました。
 
 そうしたら彼は。
 
 
『わかった。一年間、守ればいいんだな』
『その条件は、千春と別れる理由にならない』
 
 
 って言ってくれて……! うう、カッコいい! 穂さんだぁい好き!!
 
 それでも家族はみんな、穂さんが嫌い。

 両親は、ほんの短い時間お話しただけじゃ、彼の素晴らしさが理解できなかったみたい。私たちが交際一周年を無事に迎えるまでは、穂さんと深く話す気もなさそうでした。
 
 父さんが言うには、『介入しないことが、今できる最大の信頼の表現』だそうですが、大人ってややこしい。ちゃんとお話すれば、穂さんが素敵な人だってわかるのに。

 条件について不満はあるけど、とりあえず本日の予定を大きな声で報告します。
 
 
「今日は、ファミレスで間違い探しをして、それから画材を見に行くの! あとは駅でぶらぶらして、夜ご飯食べて解散」
「画材? 彼もなにか描くのか?」
 
 
 健全なデートなのに、なにが不満なのかな。
 無駄に突っかかってきた父さんに、堂々と答えます。
 
 
「描かないよ? でも一緒に来てくれるって」
「そうか。ところで、彼は喧嘩以外になにができるんだ?」
 
 
 かっちーん。魔法瓶の熱湯で、父さんの食パンをべちゃべちゃにしようと疼く右手を、左手で押さえました。危ない危ない。手を出す代わりに口を開きます。
 
 
「穂さんは運動神経がいいんだよ! バスケサークルでも、『神学じんがくのキングコング』とは……たぶん言われてないけど! とにかく可愛いとカッコいいのハイブリッド、今日もとってもギャラクシー、空峰穂! 空峰穂さんをどうぞよろしくお願いいたしますっ!!」
 
 
 最後、選挙活動になっちゃった。
 ビシッと決めたのに、悲しいことに返事はありません。
 
  私はふくれっ面で席に着いて、紅茶を一口飲みます。ものすごく渋くなっちゃった。だけど穂さんとのデートを妄想したらすぐに笑顔になりました!   

 そんな私を、父さんも母さんも絶望の目で見ているのが、めちゃ不本意。
 
 
 
 
 
 
 
 家族が穂さんを嫌うのは、理由があります。
 
 穂さんが中高、とても荒れていたから。
 彼がファッションヤンキーではなく、ガチヤンキーだったから。
 
 
『俺は、不良だった。相手を殴って、たくさんケンカして、二十回くらい補導された。そういう人間とは、付き合わないほうがいい』
 
 
 穂さんは、私とお付き合いする前に、ご自身のことを話してくれました。
 どうやら彼はご家族と上手くいかず、荒れてしまったようです。補導の理由も、実際のところはケンカよりも深夜徘徊のほうが多かったみたい。
 
 ご家族との軋轢が積み重なったせいで、中高の頃には……穂さんの感情は、多くの人よりほんの少し、鈍くなっていたらしくて。
 
 『心が遠くて。ぼんやりしていて。
 複雑な心はよくわからない。『恋』なんて心、忘れちまった』
 
 そんな穂さんだけど、それでも『千春を心から好きになりたい』って言ってくれて……『付き合って欲しい』って言ってくれて。
 
 とにかく、穂さんは決して、体目当てじゃないんです。
 真剣な気持ちで、私と付き合ってくれているのです。
 なのに……ああ、もう! 
 
 記念すべき初デートの帰り。
 穂さんと二人で帰宅する姿を、姉さんに見られたのが悲劇の始まり。
 
『なにあのチャラ男、怖い!』と怯えた姉さん、神奈川県警に勤める伯父と従兄に相談。結果、穂さんの過去とダサいあだ名が発覚し、私の両親に伝わって家族会議勃発。
 
 なんであの日に限って姉さん、帰省してたのかなぁ。
 でも、穂さんはきちんと両親に挨拶に来てくれるつもりだったし、初デートを誰に目撃されなくても同じ展開になってたかもね。
 
 
「いってきまーす」
「必ず九時までに帰ってきてね」
「変なことをされそうになったら、すぐに連絡しなさい」
 
 
 末娘がデートに行くだけなのに、物々しい雰囲気の木島家。
 不要な忠告にハイハイと適当に首を縦に振り、沢塚駅へてくてくと歩きます。
 
 近所のお家にある、咲き始めの藤の花は、今日のスカートと同じ薄紫色。落ち着いた色だから、ちょっと大人っぽく見えるかなぁ?
 
 穂さんは高校で一回留年しているから、大学二年生だけど、もう二十歳です。
 大人っぽい服のほうが、隣に並んだ時にバランスがいいよね。今日のファッションやメイクについて想いを巡らせているうちに、無事に沢塚駅に到着。
 
 土曜で大混雑の沢塚駅だけど、穂さんを見つけるのはとっっっても簡単。
 
 背が高くて、銀髪で、耳元はピアスがたくさんで、夜の渋谷の路地裏が似合いそうなお洋服で、そのうえお顔が整っています。たいへんイケメンです。
 こんなにヴィジュアルが天才では、むしろ見つけないほうが難しいのでは? あ、天才が私を見てる! 天才がこっち来るー!!
 
 
「千春。んなとこでなにしてんだ」
「穂さんに見惚れてました! 今日も穂さんはカッコいいです、天才です!」
「それはありがたいが、普通に声をかけてくれ」
 
 
 穂さんはとってもクールです。私の言葉にテンションを上げるでもなく、イラつくでもなく、ちょっぴり眉を下げて、唇だけで笑みを作ります。
 
 彼の感情の表し方が大好きな私は、その小さな笑顔にポーっとして、固まっちゃう。そうして、私の硬化が解けた頃を見計らって、彼は爆弾を投げるのです! 
 
 
「春らしい服だな。かわい」
「わわ、ストップストップ! 褒めるときは予告してください! ぜちゃう!」
「ハゼ……? ああ、美味いよな」
 
 
 あっ、穂さん『爆発』じゃなくて『魚のハゼ』を連想した?
 彼は天然で、漢字がものすごく不得意だから、こういう事故が起こります。可愛いね。
 
 
「ハゼ食うのか? ファミレスで間違い探しはしねぇの? ……ハゼってファミレスで出るのか?」
 
 
 ハゼのまま話が進みます。ファミレスにハゼはいない気がするけど。
 
 
「ハゼはわかんないけど、間違い探しはしまーす! 今月、まだ一回もしてないんですよ」
 
 
 ファミレスのメニュー表の間違い探しは、私のライフワークの一つで、ちゃんと研究ノートを作っています。
 なんせこの間違い探し、鬼のような難易度で、しかも毎月問題が変わります。研究し甲斐もあるというもの。四月の初チャレンジが穂さんと一緒なんて、嬉しい!
 
 
「間違い探しって、意外といろんなファミレスでやってるよな」
「あっ、そこに気づかれるとはさすがですね! 今月はほんとにどこの間違い探しも解いてないので、駅に近いとこにしましょうか」
「わかった。じゃあ、こっから一番近いファミレスに行くか」
 
 
 ふたりで歩きだしてすぐに、穂さんは「そうだ」と呟きました。
 
 
「俺は今から千春を褒める」
 
 
 ……これはこれで、緊張するかも。私はごくんと唾を飲み込み、頭を下げます。
 
 
「お、お手柔らかにお願いします」
「春らしくて可愛い。紫も似合う」
 
 
 うわーお、直球!
 飾り気のないまっすぐな誉め言葉に、ぽかぽかと心も体も暖かくなります。私は満面の笑みで、お礼を言おうとした、けど。
 
 
「ああ、『可愛い』のは今日限定じゃねぇ。千春はいつも可愛い」
 
 
 …………だ、誰もそこまで言えとは言ってない。
 
 真顔でとんでもないことを言った穂さんは、私の足が止まったのに気づいて、大きな手を伸ばしてくれました。その手が私の手を包むと、ますます全身が熱くなります。

 今日も彼は、当たり前に手を繋いでくれる。嬉しい、大好き。よし、声に出しちゃえ。
 
 
「穂さん、大好き」
 
 
 彼は同じ言葉を返してはくれませんが、拒絶なんてしないと伝えるように、少しだけ握る手に力を込めてくれます。
 それがやっぱり幸せで、ファミレスに着いてからも、私はずーっとニコニコ、いいえ、ニヤニヤしていました。
 
 しかし席に案内されたら、ニヤついてもいられません。まもなく闘いが始まるのです。その前に、注文しちゃいましょうか。間違い探しをチラ見しないよう気をつけて、っと。
 
 
「パスタにしよっかなー、お肉もいいなぁ。穂さんなににします?」
「ハンバーグと米」
「付け合わせ、パンもあるけどやっぱりお米です?」
「ああ」
 
 
 穂さんの好きな食べ物は『白米』です。私の親友にそれを伝えたら、『わー胃袋掴むのたいへんそう』と言われました。お米農家になれば、穂さんの胃袋は私にメロメロになるかしら?
 
 二人してお肉料理を注文し、お水をとってきたら、いよいよ闘いの始まり。私はスマホでストップウォッチを準備します。穂さんが向かい側で首を傾げました。
 
 
「時間を計んの?」
「ええ。後ほど、研究ノートに書き込まなければなりませんから」
「なるほど。じゃあ、俺が時間測る。今日はせっかくだし、千春の本気を見てみたい」
 
 
 穂さんは真剣なお顔で、メニュー表を私へと向けました。そこまで言われたら、やるしかないね。
 
 
「ありがとうございます! では、早速カウントをお願いします」
「ああ。……3、2、1」
 
 
 間違い探し開始!!
 
 ふむ。今月の間違い探しは、お花見を楽しむ人たちのイラストだね。
 登場人物は、先月のひな祭りより多いかな……まずは、ちびっこの人数!   はい次、ちょうちょの羽の柄、それから重箱の中身! お箸を握る手の形、雲の形も見逃しません。ふふん、これで半分。
 
 
「穂さんはいくつ見つけましたー?」
「三つ」
 
 
 なんて会話の間にも間違い発見。ビールの泡の量と、飲み物の種類と……桜の花びらや枝の数はどうかな? あ、桜がこんもりした部分のボリューム感だ! むむ、タイトルの縁の色が一文字だけ違う! あと一つ………………どこ?
 
 
「穂さんおいくつー?」
「六つ」
 
 
 さっき見たところも確認しなきゃ……わかった。ちびっこのシャツの裾の長さだ。ふぅ、これで十個、私が「勝ちました!」と手を上げると、穂さんがスマホをタップします。
 
 
「五分三十二秒」
「やっぱり五分切れない……」
 
 
 うぅん、先月もそれくらいだったなぁ。五分以内に全ての間違いを見つけられたことなんて、一度もありません。来月の私に期待!
 
 
「でも相当早くないか? 俺なんて六つのまま止まってるぞ」
 
 
 少し眉を寄せる穂さんです。まだメニュー表が私を向いているから、彼のほうへ方向チェンジしたときにちょうど料理が届いたので、穂さんのチャレンジは中断。

 美味しいお肉料理を食べ終わってから、またチャレンジして、追加で二つ見つけたものの、無念のギブアップ。
 答え合わせしてお店を出ると、彼は笑みを浮かべて私を見下ろします。
 
 
「千春の本気が見れて楽しかった。来月は、俺も十個見つけてぇな」
 
 
 来月の約束らしき言葉を平然と零す彼に、とくんと心臓が跳ねます。
 間違い探しなんて子供っぽい、と呆れられていないか、ちょっぴり不安でしたが杞憂でした。

 幸せすぎて楽しすぎて、大爆発しちゃいそう!
 
 画材屋さんに向かう足取りも、とっても軽いです。穂さんは工作もお絵描きもしませんが、私が美術部に所属していると知っているので、製作の進捗も気にかけてくれます。
 
 
「『ヒポポたまちゃん文明』は元気か?」
「はい、元気かつ順調に文明を築いています! 夕飯のときに、写真をお見せしますね」
 
 
 話しながら歩くうちに、画材に強い大型文具店『世界館』が見えてきました。横浜や都内にも店舗がある有名なお店ですが……沢塚店は妙に閑散としています。
 駅からちょっと遠いせいか、とにかくいつ来ても空いています。店員さんも他の店舗より少なくて、なんだか活気がありません。
 
 初めはたくさんの絵具や色鉛筆、バラ売りの紙を、じっと見ていた穂さんも、だんだん心配になってきたみたい。だってお客さん、私たちしかいないんだもの!
 
 
「画材屋ってこんなに静かなのか? 土曜なのに?」
「小さなお店なら、まあ……? ちょっと経営が不安なので、絵具と紙を買い足します」
「……俺も、なんか買っとくか」
 
 
 穂さんは悩んだ末に、「寝れないときに良さそう」と、大人向け塗り絵と色鉛筆のセットを買っていました。お家で黙々と塗り絵をする穂さん、想像するととっても可愛いね。

 結局、私たちが買い物を終えるまで、他のお客さんの姿は見えませんでした。異世界みたいで、これはこれで楽しい。
 
 
 
 
 
 
 
 『世界館』を出たとき、太陽はだいぶ西に傾いていたけど、夕食にはまだ早い時間でした。
 
 駅近くの商業ビルに入っている、洋服やアクセサリー、コスメのお店をぶらぶら見ながら時間を潰します。
 私的には、時間を潰している感覚じゃないけどね。貴重で甘い砂糖菓子を、ゆっくり舌で溶かす時間――ほんとに魔法みたいな、綺麗な時間なんです。
 
 
「機嫌がいいな」
「私が、穂さんと一緒で不機嫌だったことあります?」
「ない」
「でしょー?」
 
 
 ご機嫌な私を見て、ふっ、と珍しく穂さんが笑い声をたてました。リラックスした柔らかな声に、私は砂糖菓子をお皿いっぱいにお代わりした気分です。
 
 だけど、魔法の時間はあっという間に過ぎて、ついに館内放送が夕方の六時をお知らせしました。
 
 
「そろそろ、飯食うところ探すか」
 
 
 私の門限が九時だから、どうしても夕食の時間は早くなります。
 六時なんて、大学生にとってはまだ全然、夜じゃないし、恋人を返す時間じゃないはず……申し訳ないような、淋しいような気持ちが、急にころんと転がります。
 
 
「千春、どうした?」
 
 
 穂さんが、私を見つめました。『気遣いが下手』と自己申告する彼は、それでもじゅうぶん気遣い屋さんです。私はそっと、小指の先で彼の手の甲に触れました。
 
 
「今日、楽しかったです?」
「俺が千春と一緒にいて、つまんなそうな顔してたことあるか?」
 
 
 ふふ、と今度は私が笑い声をたてる番でした。
 
 
「ありますね」
「……」
「穂さんは、表情筋が死にがちだから。顔はつまんなそうですが、でも楽しんでいるのは伝わります。そんなところも最高に素敵です」
「そうか。ならいい」
 
 
 私の暴言を気にせず、穂さんは私の手を握ってくれました。穂さんの手は大きくてゴツゴツしています。
 私より体温が高い穂さんと指を絡めると、ほんのりと彼の熱が移ってきて――その瞬間、『穂さんに恋してる』という想い以外、私の中から消えてしまう。
 
 彼だけが、私の心の中にいて、それがとっても幸福です。
 
 
「お夕飯は穂さんが食べたいものにしましょー。なに食べますか?」
「魚」
「昼間のハゼ引きずってますね!?」
「千春が急にハゼって言ったから」
 
 
 私が言ったのは『爆ぜそう』だけどね、いいです、『可愛いから許す』ってやつです。
 
 でも……漢字に弱いところは、父さんたちには黙っておこうかな。
 正式に交際を認められるときまで、穂さんの可愛いところは私だけの秘密!


次の話→大学での穂さんとフレンズの話

☆穂さんはバスケサークル。大学名は神奈川学院大学、略して神学じんがく。『神学のキングコング』とは呼ばれていない。
☆千春ちゃんは美術部。紙や粘土を用いた立体制作が得意。生き物モチーフで制作することが多い。去年はセミモチーフだった。
ヒポポたまちゃん文明を現在制作中(詳しくはこの先の番外編にて)。


もしよろしければサポートお願いいたします! 書籍代として使わせていただきます。