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マッドパーティードブキュア 205

 呼びかけに、返事は返ってこない。
 あたりを見渡しても、分厚い暗闇がのっぺりとどこまでも続いているだけだ。
 テツノは自分の存在しない身体が、ぶるぶると震え出すのを感じた。胸の内にこみあげてくるのは、恐怖だ。暗闇への恐怖なんかじゃない。それよりももっと、ずっと恐ろしいこと。
「それじゃあ、こんな暗いところで、はぐれてしまったら」
 その先の言葉を言うのはやめようとする。けれども、想像は止まらない。嫌な想像、恐ろしい想像。
「もう、みつからないじゃないか」
 想像が口からまろびでる。止めようとしたのに、想像が具体的な姿を伴って、頭の中に像を結ぶ。隣にメンチのいない世界。息が上がる。動悸がさらに早くなる。
「探さないと」
「どこに行くの?」
 暗闇の中から、女神が尋ねる。
「わかんない、でも、行かないと」
「やみくもに探し回るわけにもいかねえでやす。あっしらまではぐれちまったら元も子もねえでやす」
「メンチのことは放っておくってこと?」
「そういうわけじゃねえでやす」
 少し間が開いてから、ズウラが言葉を続けた。
「マラキイの兄ぃ、まだ松明は持ってるでやすか?」
「ああ、そのはずだ。よく見えねえけど」
「セエジさん、この辺はこんなに暗いのが当たり前なんでやすか?」
「……おそらくは」
 セエジの言葉を受けて、「なるほど」というズウラの小さな呟きが聞こえた。いやに落ち着いたその言葉に、テツノの焦りは大きくなる。こうしている間に、メンチが取り返しのつかないところまで迷い込んでしまっているのではないか。そんな想像が頭をよぎる。
 そんな世界になるのならば、いっそのこと。
「どこに、行くのですか?」
 テツノの意識は、セエジの声に引き戻された。弱弱しい調子なのに、相変わらずしっかりした声だ。
「私を広げる。メンチが見つかるかもしれないから」
「やめておいた方がいいでしょうね。この暗闇です。そんなことをしたら元に戻れなくなりますよ」

【つづく】

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