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マッドパーティードブキュア 214

 メリアは本の山の隙間で窮屈そうに体を折り曲げて眠っている自分に気がついた。山を崩さないように慎重に上体を起こして辺りを見渡す。視界がぼんやりとしている。目を擦る。眼鏡をかけていない。手探りであたりの本の山を探る。頭の隣の山の上に開いたままで眼鏡が置いてあるのを見つける。昨夜力尽きる前になけなしの意志力で外して置いたのだろう。内心で眠りに落ちる前の自分を褒めておく。
 慎重に立ち上がる。本の山が崩れかかって慌てて支える。足元の水筒を拾い上げる。少し考えて、本の山をいくらか積み直してスペースを作る。顔をしかめる。秩序が失われるが万が一にも水筒の中身をこぼして本が汚れるよりは百倍もマシだ。
 それに、多少秩序が乱れたところで、最終的に運本梯子があるべきところに戻してくれる。秩序も脈絡もなく散逸している本を手と足だけであるべき場所に戻そうと試みるのに比べれば必要な労力は0に近い。やつらに協力して得たメリットの一つだ。
 水筒を持ち上げてコップになっている蓋を開けて中身を注ぐ。指先に何かが触った。
 なんだろう、と記憶を辿りながら、水筒の表面を撫でる。はらりと剥がれたのは一枚の付箋だった。なにか記号が書かれている。几帳面な筆致。本の題名を示しているようだ。寝起きでぼんやりした頭で、付箋を眺めて、思い出す。
「めんどくさ」
 ため息が漏れる。やつらの助力にまとわりついてくる厄介事。記号を見つめながら記憶を探る。この本はどの棚に置いてあるだろう。コップからすっかりぬるくなった白湯を啜る。
 めんどくさいけれども、仕方がない。利益を得るために必要な厄介事だ。
「『ドブヶ丘の心臓』は……妄執の棚か」
 幸い、記号の本は最近整理した記憶があった。
 妄執は彼らの規律とは相反する気もする。まあいいかと肩をすくめる。本を用意しさえすればいいのだ、そうすれば
 その時、図書館の外壁の方から、耳を劈く爆発音か響いた。

【つづく】
 
 

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