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マッドパーティードブキュア 221

「混沌そのものってなんだよ」
 まだ理解はできない。メンチは問い返す。
「聞いたことがありませんか? この世の始まりは混沌であったという昔話を」
「それは……混沌の海の話か?」
「ええ、それです」
 ようやくわかる話が出てきた。メンチは返事をする。
「最初はなんかごちゃごちゃした海があって、そこからだんだんまとまっていったって話だろ? 最後にごちゃごちゃが余ったのがこの街だっていう。そりゃあ聞いたことはあるけどよ」
 それはドブヶ丘の住人が寝物語に、酔いどれ話に時折聞く昔話だ。当然メンチも聞いたことがあった。けれども、と再び首を傾げる。
「でも、それがどうしたんだよ。ただの昔話だろ?」
 それはただの昔話の、夢物語に過ぎない。今の話に関係するとは思えない。
「それが、そうとも言い切れないのですよ」
「何がだよ?」
「これは正黄金律教会の教えにあることなのですが」
 少しためらって、セエジは言葉をつづけた。
「メンチさんも聞いている話の通り、この世界の前には混沌がありました」
「だから、それは知ってるよ」
「そうですね。では、この世界はその混沌からどのようにして生まれて、どのようにあるのかわかりますか」
「それは……」
 セエジは机の上に置かれたコップを手に持った。コップの中には鈍色の液体が満たされている。
「この液体が混沌だとしましょう」
「おう」
 セエジはフォークを取り上げると、コップの中身をかきまぜた。ちゃぷんと音を立てて、液体の表面に泡ができる。
「この泡が、この世界です」
「はあ?」
「混沌の中にできたかすかな偏り、その偏りの揺らぎが集まってできたのがこの世界なのです」
「よくわかんねえよ」
 頭がぐらぐらし始めるのを感じる。液体の上の泡ははじけて消えた。それを見ながらセエジが言う。
「わからなくとも聞いてください。世界はこの泡のように不安定なものなのです。それを少しでも安定させようというのが、正黄金律教会なのです」

【つづく】


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