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マッドパーティードブキュア 225

 斧の刃先でなぞると、境界は柔らかに解れ開いた。
 久しぶりの曇り空の光にメンチは目を細めた。相変わらずドブヶ丘の街の空は暗く曇っているが、空の色は安定していて一瞬ごとに様子が変わることはない。不安定な空模様にはもう慣れたつもりになっていたけれども、知らず知らずのうちに、精神に負荷がかかっていたことに気がつく。
「ひさしぶりでやすねえ」
 傍らでズウラが大きく背伸びをしながら深呼吸をした。ズウラにとっても久しぶりのドブヶ丘の街だ。その隣では老婆が道端の石に腰を下ろしてしみじみと辺りを見渡している。
 ズウラが残念そうに呟いた。
「兄ぃも来ればよかったのに」
「さすがにマラキイまでこっちに来たら、獣が出たときに対処できないだろ」
「それはそうでやすけど」
 メンチが言い返すと、ズウラは渋々頷いた。今回の探索行のメンバーはこの三人だ。レストランで散々案を出し合った結果のメンツだった。
 テツノと影の男は実在の不安定のために、セエジは体調面の不安のために、そしてマラキイは万が一の獣の襲撃に備えるためにレストランに残ることになった。
 メンチの斧の偉力は獣たちを遠ざけたし、メンチが店を離れてもしばらくは寄り付かないように感じられたけれども戦える要員を一人も置かずにテツノや女神を向こうの世界に残すのは不安だった。
「それにしても、その斧、こんなこともできるんでやすね」
「ああ、できる気がしてやってみたらできた」
 ズウラの言葉にメンチは答える。斧による境界の切開、それによるドブヶ丘の街への帰還。当然「できる気がしてやってみて」できるような技ではない。
「ほら、言った通りにしたら、できただろう」
 耳の中で声がする。遠い記憶の中の声。斧に宿った力の声。メンチは頭を振って、その声を無視した。声のことはまだ誰にも告げていない。告げるだけの決意ができていないのだ。
「さあ、さっさと行くぞ。マラキイ一人に任せとくのは心配だ」

【つづく】

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