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【短編】ドブヶ丘名所案内「マッドマン」

ドブ鉈はありふれた手応えでハチヤの頭にのめり込んだ。

「…あ…ご」

意味をなさない言葉を吐きつつ崩れ落ちるハチヤに唾を吐きかけると、クマダはハチヤの頭からドブ鉈を引き抜き、死体の上着で血を拭った。

「次は相手を選んで喧嘩を売るんだな」

念のため頭を蹴り飛ばして反応がないのを確認して、ポケットを探る。

くしゃくしゃになったドブ券が数枚出てきた。

「しけてやがんな」

舌打ちして、まあ、今日の飲み代くらいにはなるだろうと、懐にねじ込む。

ハチヤの死体をそのままに、クマダはその場を後にした。

◆◆◆

マッドマンの扉を開けると、いつもどおり淀んだすえた臭いと酒臭さが混じった空気に包まれた。そこかしこで陰気な笑い声が弾ける。

マッドマンはドブヶ丘に数えきれないほどある安酒屋だ。看板には「マーメイド」と書かれているが、酔っぱらいが落書きしたのか「マッドマン」になっている。いつまでも直されないので常連はみなマッドマンと呼ぶ。庶民的な価格帯とカクテルの種類の多さが売りだ。

カウンターで「いつものやつ」と注文する。

死んだ魚の目をした店主は「うちはカクテルがうりなのにな」とぼやきながらも、ヘドロのような見た目の液体をグラスに注ぐ。クマダはドブ券を置いてグラスを受け取った。一口すすり、顔をしかめる。結局、何を頼んでも同じ味なのだ。

しばらく、クマダがカウンターで飲んでいるとヨタロのやつが話しかけてきた。

「よう、ハチヤ久しぶり」

もう、だいぶ出来上がっているようだ。顔は真っ赤で、呂律も回っていない。

「誰がハチヤだ、てか、昨日もあっただろうが」

「あれ、そうだっけな」

「飲み過ぎて、パーになってんじゃねえのか」

「まだ、大丈夫だよスケド」

「誰だよ」

「マジぶっ殺すぞ」

クマダはいらいらとした調子で、カウンターの天板を引っ掻いた。

「その乱暴な口は…クマダだな」

「そうだよ。もういっぺん間違えてたら殺してたぞ」

クマダがドブ鉈の柄を見せると、ヨタロは身震いをして言い訳をした。

「悪い悪い、最近なんか頭がびっとしなくてよ」

「知らねえよ。もともとだろ」

「あれ? でも…」

と、ヨタロは突然虚空を見つめて黙りこんだ。

「なんだよ。急に黙るなよ。怖えだろ」

「いや、クマダ。お前さん昨日死ななかったか?」

「は?」

とうとう酒が頭に回ったかと、クマダの口から間抜けな声がこぼれ出た。

「おいおい俺が死んだと言うならな、ここで話してる俺はいったい誰だ?」

「あれ? それもそうだな」

ヨタロは一人で納得して酒を啜った。納得できないのはクマダの方だ。怒りに駆られて声を荒げる。

「いったい誰だよ。んなクソみてえな冗談かましたのはよ」

「誰だったかな……」

ヨタロはうつろな目で考え込む。クマダはいら立ちを抑えるように酒をすする。しばらくしてようやくヨタロは口を開いた。

「そうだ、ハチヤだ」

「クソ」

クマダはその名を聞くと、悪態をつき、イライラを吐き出すようにため息をついた。

「あの野郎もう二、三発ぶちこんでやりゃよかった 」

「殴りにいかねえのか」

「死んだの殴っても仕方ねえべ」

「え? 」

ヨタロはキョトンとした顔で答える。

「いや、そこにいるじゃねえか」

言ってヨタロがクマダの後ろを指差す。クマダが振り向くと、そこには確かにハチヤがいた。テーブルを囲み誰かと笑って酒を飲んでいる。

「おいてめえこらハチヤ」

クマダの怒鳴り声にハチヤが振り向いた。声の主の顔をみとめて、少し驚いた顔をする。

「おう、クマダ。お前生きてたのか」

「それはこっちのセリフだよ。ハチヤ」

「は?」

「さっき殺したばっかだろうがこのくたばりぞこないが」

クマダの言葉を聞き、ハチヤは眉を顰めた。

「俺がお前を殺したのは昨夜だぞ」

「てめえなんかに殺されてたまるか」

「いや、確かに俺が殺して、裏のドブに捨ててきた」

「んなわけあるか、しにぞこない。昨日はここで酒を飲んで、そのままドブさらいに行ったんだよ。そんでここに来る途中で、てめえをぶち殺したんだろうが」

「ぶち殺されたらここにはいねえよ」

薄笑いを浮かべながら、ハチヤは答える。

「それはこっちの台詞だ、ふざけやがって、表にでやがれ、死体野郎。もういっぺん殺し直してやる」

クマダがドブ鉈に手をかけて吐き捨てる。

「あん? 上等だよ。腐れゾンビ。ぶち殺されたってんなら、仇とってとってやんねえとな」

ハチヤもドブ鉈を持って立ち上がる。

二人は店の外へと出ていった。それを追って野次馬たちも店の外で人垣を作る。

静かになった店内でヨタロが誰に言うともなしに呟く。

「ああ、そうだ。昨日、ここの裏通ったらよ、なんか人の形したヘドロが落ちてたんだ。うわって思ってよく見ると、泥だったんだけど、やっぱ人みたいでよぉ、しかもなんか誰かに似てたんだよ」

「今、思い出したんだけど、あれはクマダにそっくりだったな。それで、話しかけたら、なんかうなうな言ってたな。でも、あれは泥だった気もするんだよな」

店主はただぼんやりとそれを聞き

「おかわりは?」

とたずねた。

外ではひときわ大きな歓声が上がった。決着がついたらしい。

やがて野次馬たちが店内に戻ってきた。そこにクマダとハチヤどちらの姿もなかった。

「どっちが勝ったの」

と問うヨタロが問うと、誰かが答えた。

「相討ちだよ、相討ち。つまらねえ」

大穴を当てたものが浮かれて酒を頼み、陰気な喧騒が再び店内を満たした。

路地に打ち捨てられていた二人の死体は、やがて泥になって消えた。

◆◆◆

書いた!

ついったーでかいたやつを書き直したのである。12月の内は再掲をしていくつもりである。

その隙にネタだしや修行をするのだ!


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