手口兄妹の冒険 vol.20

【承前】

「あ?」
 無意識のうちにダッシュボードにリュウノジョウの手が伸びる。その上には銃身を切り詰めた散弾銃。同時に体を座席に隠しながら、サイドミラーで声の主を確認する。
 そこに立っていたのは一人の女性だった。染み一つない真っ白な蝙蝠傘を日傘代わりにさした、背の高い女だった。傘の下からうかがえるその唇はかすかに微笑んでいるように見えた。
 武装トラックはリュウノジョウたちの商売の種、武力と移動力を保証してくれる宝物だ。同業社や非同業社からの襲撃のリスクを下げるために常に街の中を移動し続けている。
「ごめんなさいね。ちょっとお散歩をしていたら見かけたものですから」
「なんだ? あんたは」
 鋭く誰何する。
 野営のためにとどまることがあれば、部下たちが防御陣を敷く。「ちょっとの散歩」でやすやすとただの女が入ってくることはない。しかし、現に女がやってきて、のんきな口調で話しかけてきている。ならば、とリュウノジョウは結論付ける。
――この女はただの女じゃない。
 思考が結論を出すよりも早く、体が動いていた。商売人の本能。生き抜くために生き馬の目を抜く本能。素早く、ミラー越しに狙いを定めつつ、ドアから銃を突き出す。引き金を引いたのは銃身がドアから出たのとほとんど同時だった。
 ガアンッ!
 
銃声が響いた。衝撃に腕が跳ね上がる。しかし、確かに銃身は女性の身体を捉えていた。
 鏡越しに女性の身体が吹き飛ばされるのが見えた。
「なんだ?」
 リュウノジョウは助手席のトラガキを振り返る。トラガキは険しい顔をしたまま無言で首を振る。
 銃声のこだまが消え、静寂が訪れる。嫌な静寂に胸が騒ぐ。
「おいっ! おめえら!」
 トラックから降りず、声を張り上げる。返事はない。一つとして。部下たちはどうなった?
「心配しなくても大丈夫ですよ」
 返ってきたのは悍ましく透き通った声だった。地面に転がった日傘、その下から。
「すぐに神の御許で逢えますからね」
 リュウノジョウは再び銃を向ける。肩越しにトラガキの手が伸びる。その手には小型のマシンガン。直接狙いを定めようと小さく体を出す。視界の中に女性はいない。
「な」
 驚く間に視界が白く染まる。すぐにそれが女性の持っていた蝙蝠傘だと気が付く。一瞬で傘が閉じたから。けれども、果たしてその動きを二人は認識できただろうか。視界の情報が脳に届くよりも先に、蝙蝠傘の切っ先が二人の脳みそを鋭く滑らかに貫いた。


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