手口兄弟の冒険 vol.19

【承前】

「おい、弟よ」
「なんじゃい、兄さん」
 開け放された窓から聞こえた声に、リュウノジョウは答えた。身体を伸ばしてドアのロックを外す。トラガキがトラックの重いドアを開けて、助手席によじ登って座る。もう気温は随分と高い。トラガキの額から大粒の汗が流れ落ち、シートに黒いシミを作る。不思議と嫌な匂いを放ってはいない。むしろ、リュウノジョウにはどこか心地よい香りのように感じられた。
「なんだよ、兄さん。香水かなんかつけたのかい?」
 ん?、と顔をしかめてから、トラガキは自分の身体を嗅ぐ。
「ああ、なんか教会で匂い水売っててよ。ちょっと小銭余ってたからつけてきちまった」
 物売りの体で寄付を募る宗教団体はこの街では珍しくない。案外少ない住人たちが善意を見せ、いくらかの金で物品を買っていく。かつて自身も誰かの善意のようなもので生き延びた者たちが感謝と後ろめたさから浄財を成すのかもしれない。もちろん罪悪感を払拭できるのは、善意を持つふりをする余裕があるものたちの特権だ。
「景気のいい話じゃないか」
 だから、リュウノジョウは首を傾げる。瓦礫拾いにかっぱらい、タタキにブローカー、ドブの岸辺から這い上がるまで、2人は何でもやってきた。その日の餌を得るのに必要だったから。リュウノジョウが「手に入れた」武装トラックを元手に始めた運び屋の商売が軌道に乗り始めてもう随分になるけれども、各所へのミカジメや部下の食費、銃弾や燃料、出ていくものも多すぎて、かつかつなのは相変わらずだ。
 不思議そうなリュウノジョウの顔を見て、トラガキはにやりと笑った。
「せせこましい顔すんな、弟。でけえ仕事が入ったんだ」
「え、なんだよ。兄さんが教会でもの買うなんてどんな仕事だよ」
「ノグラさん、知ってるだろ?」
「クニハラの旦那んとこの?」
 トラガキは自慢げに頷く。
「あそこなんか近々イクサでもするみたいでよ。ウデ(武器類の隠語)集めてくれって頼まれたんだよ」
 トラガキの微笑みがリュウノジョウの顔にも伝染る。
 ノグラはクニハラの自治団体の実働部隊の一員、武闘派として知られる男だった。ノグラからの依頼は莫大な利益をもたらすはずだ。
「嫌だねえ、物騒になるのは」
「俺らにゃ、それがカキイレどきよ」
「だな」
 2人は狭い座席の中で拳を打ち合わせる。
「とりあえず、今だせるもん確認してくるわ」
「ん」
「すみませんが」
 ドアを開けた瞬間、透き通った声が聞こえた。


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