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マッドパーティードブキュア 218

「これは、あくまで僕の推測交じりの話しにはなりますが」
 セエジはそう断ってから話し始めた。その顔色はいまだに少し青白い。洞窟から返ってきて以来、黄金律鉄塊を作れていないと言っていた。メンチが持ち帰った本を読むときも、時折目を抑えて痛みをこらえるような中断を入れながら読んでいた。
 今も長く話すのは疲れるようで、とぎれとぎれの言葉を紡いでいる。
「結論から言うと、あの洞窟で見つけた『ドブヶ丘の心臓』は、メンチさんの斧に宿っています」
 そう言って、セエジはメンチの持つ斧に視線を送った。メンチは視線に促されるままに、机の上に斧を置いた。薄暗いオレンジの照明の下で、赤錆びた刃の表面がぎらりと光った。店内のざわめきがかすかに低くなった気がした。
「なにか変わっているようには見えないけれどな」
 メンチは斧を撫でながら言った。
「そうでしょうね。見た目には、さほど変わっては見えないでしょう、すくなくとも、メンチさんには」
「あたしには?」
 メンチは首を傾げて、席についている他の人間を見渡した。マラキイは難しい話についていけずに舟をこぎ始めているし、ズウラも同じように首を傾げている。
「あなたたちには、わかるんじゃないですか?」
「ええ、そうですね。私には、前よりもずっと、こちらに近づいているように見えますよ」
 影の男が答えた。その隣でテツノも頷いている。なんだか、不愉快な気持ちになって、メンチは問いかける。
「こちら側ってなんだよ」
「ですから、私たちの領域、ということです。前までは明らかに私たちの領域のものを拒絶していましたけれども、今は前よりもこちらの世界になじんでいるように見えますよ」
 影の男が考えながら、言葉を付け加える。メンチは斧の表面を撫でた。何か変わっているようには見えないし、手触りも前と変わりない、ように思える。そのはずなのに、男とセエジの言葉を聞いた後では、違う手触りのように感じられた。

【つづく】

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