手口兄妹の冒険 vol.16

【承前】

雨宿通り奥 ☓☓教宗教施設

 街の他の通り同様に荒廃し、略奪と崩壊に満たされた雨宿通りの奥に目を疑うほどに整った建物があった。染み一つない真白の壁に覆われた巨大な建物。丸いアーチ状の屋根の上には鉄の雨から人々を守る大きな手を象った奇妙な紋章が飾られている。
 建物の黒い鉄の扉は固く閉ざされている。扉を通り抜けて建物の中に進むと、大きな広間が広がっている。広間にはゆったりとした間隔をとって木製のベンチが並んでいる。広間の奥には、ステンドグラスの光を受けて、傘のような形をした彫像がきらきらと輝いている。
「あー、どうか、けいけんな我らに敵対する不敬な奴らに神罰をお与えください」
 彫像の前に跪き、一人の男がたどたどしい口調で祈りを捧げていた。男は荘厳な宗教施設に似つかわしくないほどボロボロに汚れていた。右耳は欠け落ち、平らな側頭部に血の滲むボロ布が巻きつけられている。
 痩せた、人相の悪い狐目の男だった。とうてい宗教施設にいる類の男には見えない。ただ、手を組み、祈りを捧げている。
「裁きを、裁きを」
 口調はたどたどしいが、ひたすらに言葉を途切れさせず繰り返す。
「おお、敬虔なる信徒よ」
 広間に声が響いた。細く透き通った美しい声だった。
「よくいらしてくださいました」
 不自然に畏まった口調を作って祈る男、モモミヤは振り向いた。一本の滑らかな蝙蝠傘がまっすぐに立っていた。蝙蝠傘の柄頭には軟らかく両手がのせられている。白くほっそりとした手。手の持ち主は背の高い女だった。女は汚れもシワもない純白の衣装を身に纏い、穏やかな微笑みを浮かべモモミヤを見下ろしていた。
「なにがあなたを悩ませているのですか?」
 女は口を開いた。モモミヤは蘇った怒りと恐怖に震えながら答える。
「あいつだ、あいつは俺の耳を食いちぎりやがったんだ、それに俺の部下たちも、まるで、野良犬が残飯を漁るみてぇに喰い散らかしやがったんだ。みんな、みんな食われちまった」
「恐ろしい思いをしましたね」
 女はしゃがみ込み、モモミヤに覆いかぶさるように抱擁して、頭を撫でた。血の汚れは女の白い服を汚さない。
「なあ、カミサマはあいつを赦しはしないだろう?」
「もちろんですよ」
 女は少し体を離し、モモミヤの顔を見つめた。
「神は信徒の敵を逃しはしません」
「それじゃあ……」
 女はにっこりと優しく微笑みかけて言葉を続けた。
「あなたは神に何を捧げるのですか?」

 
 


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