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マッドパーティードブキュア 216

「まあ、命をとろうってわけじゃない」
 メンチと名乗ったその侵入者はそう言って笑った。ぴたぴたと手のひらの上で斧をもてあそんでいる。赤錆の浮いた不吉な斧。記憶の底から嫌な予感が浮かび上がってくる。以前、襲撃されたときにはあの斧のせいで場を制御しきれなくなった。
「なにが、目的ですか?」
 尋ねてみる。まだ襲い掛かってきてはいない。攻撃してこないということは、よほど戦い自信があるのだろうか。今回は一人しかいないように見える。勝算だろうか。けれども、向こうからここに乗り込んできたということは、何かしらの計画があるのかもしれない。容易に戦闘と言う選択肢をとるのは賢い考えとは思えない。
 この図書館と言う場はメリアの領域ではあるけれども、戦闘はメリアの得意分野ではない。
「言っただろう? ちょっと調べ物があるんだ」
「なにをお探しですか?」
 問い返したのは打算だけではなかった。胸の奥に沈んでいた司書としての役割が、メンチの言葉によって自動的に浮かび上がってきた。
 顔をしかめて、言いなおそうとする。
「あのですね」
「悪いね、実は『ドブヶ丘の心臓』について調べたいんだ」
 だがそれよりも早く、言葉が差し込まれる。もっと顔をしかめたくなるような言葉だった。ごく最近調べるように言われた単語。おそらくはこの侵入者と敵対する者たちに。
「あー、どういった方面で調べたいんですか?」
「どういった方面ってのはどういうことだい?」
 それでも、言葉を続ける。続けてしまう。
「ですからね、一口に『ドブヶ丘の心臓』って言っても、いろいろな側面があるでしょう? 伝承としての側面でしたり、その伝承の引き起こした事件についての側面だったり、それによって調べる方法も、調べるべき書物も違いますから」
「なるほど」
 メンチは頷いて少し考えこんだ。少し意外な気持ちがする。目の前の少女に考えるなんていう機能がついているようには見えなかったから。

【つづく】

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