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マッドパーティードブキュア 215

 恐怖がメリアの体を凍らせる。
 メリアはこの図書館で2度の襲撃を体験した。正黄金律教会と狼藉者たち。どちらも大きな被害が出た。絶え間なく侵食する混沌に対してささやかな抵抗を続けて、少しずつ確保していった秩序は、襲撃のたびに水の泡と消えた。
 正黄金律教会に協力することで、秩序は飛躍的に整った。もしも三度戦闘に巻き込まれることがあれば、築き上げてきた本棚の秩序はたちまち元の混沌に戻ってしまうだろう。
 図書館の内部に感覚を同調して、侵入者の気配を探る。正黄金律教会の者たちが来るとは聞いていない。やつらが予告なしに来るとは考えられない。爆発音を立てるような野蛮な真似もしないだろう。
 敵対者だろうか。
 いずれにせよ、防御を固めて中枢への侵入は阻止しなければならない。再び秩序を失うのは恐ろしかった。
 運本梯子に飛び乗る。まずは異常の個所を確認する。対処を考えるのはそれからだ。この図書館の秩序は自分が守るしかないのだ。運本梯子が加速する。
「おい、また会ったな」
「え?」
 梯子が加速しきる前に、声が聞こえた。ざらざらと不吉な声だった。なぜここに? 爆発音は外から聞こえたはず。何らかのトリックか? いや、それよりも、いったい誰だ? 聞き覚えのない声。
 声の主を探る。赤錆の斧のきらめき。それには見覚えがある。忌々しい記憶。
「あなたは」
「司書さんよ、ちょっとばかし探してほしいものがあるんだ」
 メリアの憤りを無視して、侵入者は笑う。
 手近にあった本を掴み、殴りかかろうとして、足が止まる。
「え」
 驚きの声が漏れる。いや、それは恐怖の声だったのかもしれない。体が恐怖に押さえつけられて動こうとしない。
 侵入者には見覚えがあった。しかし、以前見たときとは恐ろしく様子が違った。異様に濃い影をまとっているように見えた。
「なんだ? お前は」
「ああ、名乗ってなかったか」
 侵入者が笑う。
「あたしはメンチって言うんだ」

【つづく】

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