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マッドパーティードブキュア 228

「まあ、いいよ、いいよお、遠慮しないでついてきな」
 女性はのんびりとした口調でそんなことを言うと、くるりとメンチたちに背を向けて歩き出す。怪しい存在。ここで打倒しておくべきか。メンチの思考にそんな思いがよぎる。ぎゅっと斧を握る手に力を籠める。
「いや、ここは黙ってついて言った方がいいでやす」
 何かを察したのか、ズウラが口を差し込んだ。
「よく見るでやす」
 促されて、改めて女性の背中をじっと見てみる。そして気がつく。
「何者だ、あいつ」
 ごくりとつばを飲み込む。斧を持ち替えて、掌に浮かんだ嫌な汗をズボンで拭う。
 女性の背中には隙というものがみじんも存在しなかった。何気なく歩いている風であるけれども、いかなる攻撃にも反応すべく、鋭い殺気を張り巡らしている。
「大人しくついていった方がよさそうでやす」
「どうかしたのかい?」
 女性は立ち止まって振り返り、二人に微笑みかける。
「今行く」
 平静を装って、メンチはそう答えて歩き出す。ズウラもつられて足を進める。
 歩き出して、ふと思い出す。二人に先行して棲家に向かった老婆のことを。さりげなく目を合わせる。首を振る。今はなにもできない。せめてもの抵抗にと女性に声をかけてみる。
「あー、お姉さんは誰かと暮らしてんの?」
「ん? あたしかい?」
 女性は歩きながら女性が答える。
「何人か子どもがいるよ。まったくあの家を手に入れられて助かったよ」
「へえ、この辺の住宅事情も大変そうでやすもんね」
 ズウラが相槌を打つ。二人の思惑に反して女性の歩く速度は変わらない。ゆっくりと、しかし確実な速度で家に近づいていく。
「そりゃあ、まあねえ。でも、ご近所さんがいないからね。子どもらがいつもうるさくするから、それだけは助かってるよ」
「へえ、元気なお子さんなんでやすね」
「そうそう、もう元気すぎるくらい」
 女性が笑って答える。
「うわああああん!」
 その時、家の方から泣き声が聞こえた。

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