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マッドパーティードブキュア 173

 メンチは息をのんだ。手袋の下から現れた両手。その輪郭はうつろにぼやけていた。目に入ってもうまく認識ができない。位相のずれた不確かさ。
 老婆の両手は虚空の存在になっていた。
「ちょっとした事故の後遺症でね」
 老婆はそっけない調子で言う。じくりとメンチの胸の奥が痛む。斧の柄を撫でる。巻き付けられた布が汗を吸って気持ちが悪い。ごしごしと服の裾で掌を拭う。
「あたしの斧のせいか?」
「そうとは限らないさ」
 老婆は感情を見せない乾いた声のまま続ける。
「あたしの腕は今こうなってる、ってただそれだけさ」
「あなたたちと別れた後、だんだんこうなってきたんですよ」
 老婆の言葉をセエジが継いだ。
「たまたま、ここに入ったら進行が収まりましたんでね。しばらくここにいることにしたんですよ」
「収まったんですか?」
 テツノが尋ねた。少し食い気味の調子だった。
「ええ、外にいる間は拡散していくのでこの手袋を作ったのですが、ここにいる間はこの通り、形を保っていられるのです」
 そういえば、とセエジはテツノの全身を改めて眺めた。
「あなたの様子ととてもよく似ていますね」
 メンチはテツノの顔と、老婆の両手を見比べる。胸に沸き上がった焼けつくようなざわめきを、舌打ちをして誤魔化す。
 テツノの前身のありようは老婆の両手のありようとひどく似ていた。
「じゃあ、テツノが外に行ったら」
 メンチは歯を食いしばりながら、言葉を押し出すように尋ねる。
「拡散して、消えてしまうかもしれませんね」
 セエジはあっさりと答えた。メンチの胸の内の焦燥感がざりざりと体の中をひっかいてくる。その内心を見透かしたように、セエジが言う。
「ただ、もしかしたら解決する手段があるかもしれません」
 警戒しながら、メンチは考える。利用されていないだろうか。けれども、他に手段はない。口を開き、尋ねる。
「なんだよ」
 セエジはにこりと笑って答える。
「『ドブヶ丘の心臓』ですよ」

【つづく】

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