見出し画像

マッドパーティードブキュア 201

「私の顔を忘れたのかい?」
「ふざけるのはやめろ」
 メンチの胸の内にいら立ちがこみあげてくる。もうその顔の人間はいない。あの時にいなくなったから。机の向こうの人影がゆっくりと首を振る。
「悪いね、今はこの姿でいさせておくれ。君にとってこの姿は大事なんだろう?」
 かみ合わない言葉。語る声も遠い昔の記憶のまま。その言葉が耳に入ると、自然と安心してしまう。安心してしまうことにいら立つ。
「あんたはおばさんじゃない」
「……そうだね」
「じゃあ、誰なんだよ。その顔で、その声で、何のつもりだよ」
「こんなところにいるんだから、もうわかってると思ったのだけれども」
「わかんねえよ」
「そうか」
 ぶっきらぼうに言い返すメンチに、落ち着いた微笑みが返ってくる。
「私はね、『ドブヶ丘の心臓』だよ」
「あ?」
 にわかには受け入れがたい言葉だった。どうして『ドブヶ丘の心臓』が人の姿をしている? それもとっくの昔にいなくなったはず人間の姿を。
「この姿なら君も落ち着くだろう」
「落ち着きはしねえけど」
「でも、この格好が一番話を聞いてくれそうだったから」
 心臓の言葉に頷く。頷いてしまう。
「何の話があるんだよ」
「別に。尋ねてきたのは君の方だよ」
「そうだけど、でも」
 『ドブヶ丘の心臓』が口ごもるメンチの顔を覗き込んでくる。
「まさか、人の姿をしてるとは思わなかったかい」
「ああ、そうだよ。悪いか」
「悪かないさ。今はたまたまこういうこともできるようになったのさ。どんな姿だって混沌の諸様の一つのあり方でしかないからね」
「そうか」
 メンチはそれ以上なにか言うこともできず、黙り込んでしまう。目の前の存在は本当に『ドブヶ丘の心臓』なのだろうか? メンチは辺りを見渡す。穏やかな部屋。ここに至るまでに通った暗闇は見えない。斧をギュッと握る。斬りつければ正体がわかるか?
「さて、それじゃあ君の望みを聞こうか」
 ふいに、心臓がメンチの目を覗いて言う。

【つづく】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?