手口兄妹の冒険 vol.17

【承前】

「なるほど、興味深いね」
 男は口角をくいと釣り上げた。手のひらの上には試験管。密封されたその試験管には青黒い液体がちゃぷちゃぷと揺れている。
「それは、なんなんですかい?」
 男の向かいの朽ちかけた回転椅子に座ったタマガサが試験管を見つめながら尋ねた。
 ふむ、と男は試験管を机の上に置くと、タマガサに目をやった。白衣を着た男だった。白衣と呼ぶには色とりどりの染みがつきすぎているが。染みは白衣のみについているのではなかった。手術台、薬品棚、瓶詰にされた標本類、色彩は部屋中のいたるところに飛び散り、色鮮やかな花を咲かせていた。
 新しい色彩床の上を塗りつぶしていく。色彩の水源は手術台、その上に横たわる男の身体だった。
 男の右肩には無骨なグラインダーが装着されていた。敵対するものをすりつぶすためだけの凶悪な装置。男の生前には多くの血を吸ってきただろうその装置は、今、男の死後にはただの静かな金属の塊として手術台の上で沈黙している。
 噛み合わさった歯車にこびりついた鮮やかな赤とは対照的に、大きく引き裂かれた男の腹部からは青黒い液体が流れ出ている。液体の色は青黒。白衣の男の持つ試験管の中の液体の色。
「せんせえ、もったいぶらないでくださいよ」
 沈黙に焦れてタマガサが口を開く。試験管を通して遠くを見ていた白衣の男、せんせえは驚いたようにタマガサを見た。
「おや、タマガサ君じゃないか。まだいたのかい?」
 タマガサは小さくため息をついた。せんせえは気まずそうに咳ばらいをして付け加える。
「ああ、冗談だよ。それで、あー」
「検査の結果は?」
「ふうふふ、聞いて驚くなよ、こいつはこの町でもなかなかお目にかかれない代物だぞ」
 なるほど、と頷き、タマガサは続きを促す。
「こいつはその男の血液ではあるんだが、いろいろと混ざり物がしてあるみたいだね」
「ヤクの類ですかい?」
 タマガサは首を傾げた。この町で薬は珍しくはない。快楽を与え苦痛から逃れるものから、肉体の限界を超えた力を発揮するものまで。ここにドーピング検査など存在しない。ましてや解体されている男は腕自慢のならず者。
「いやいや、これをそこらのコンバットドーピングなんかと一緒にしちゃいかんよ」
 白衣の男は首を振った。
「こいつは、なんというかね……」
 少し言葉を探してから続ける。
「人類の個としての存在をかき乱すもの、とでもいえばよいのかな」
 タマガサは首を傾げた。


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