手口兄妹の冒険 vol.15

【前】

 ガヂリと音がモモミヤの右耳に響いた。一瞬の間を置いて痛みが襲いかかってくる。
「う、がぐがぁー!」
 叫び声を上げ、耳に手をやる。ぬるりと濡れた感触。手に目を落とす。赤黒く染まった手が見える。
 ぺっ、と地面に薄平べったい半円が転がる。赤と肌色のまだら模様。
「そこまでは、鍛えられねえよな」
 遠くに声が聞こえる。声だけではない。右側の世界の音が全て遠い。
 モモミヤは腕を大きく振り回す。襲撃者は腕を軽く躱す。動揺と耳の喪失により、位置をつかめない。荒く呼吸をして平静を取り戻そうと試みる。
「おめえさんは引っ込んでな」
 タマガサが叫ぶ。襲撃者は振り向いて答える。
「生憎だが、おれもこいつらに用が有りそうでね」
 半透明のレインコート。赤の水玉が増えている。モモミヤ自身の血。タマガサの部下の後ろにいた、毛色の違う男。無関係だと意識から外していた。
「な、なんだお前は」
「通りすがりの部外者さ」
 何気ない動き。レインコートの右手が伸びる。モモミヤの左耳に向かって。
「ひっ」
 情けない声がモモミヤの口から漏れた。大きく体を引く。フードの下からギラつく目が覗く。その目に見据えられて、言いようのない恐怖がモモミヤを襲う。
「くそっ!」 
 モモミヤが吐き捨てる。同時に廃棄屑会のならず者たちが動く。レインコートの襲撃者に殺到する。押しつぶさんばかりの勢いで駆けよってくる。
 レインコートの腕がめくれる。その両手の先に手のひらが覗く。その手の平では獰猛な牙の並んだ口が獲物を求めて蠢いている。先頭の大男に手のひらが伸びる。
 男の手が腕をつかもうとした瞬間、右の牙が男の鼻を食い千切った。次の瞬間には左の牙が次の男のまぶたを食い千切る。牙は食い千切ったものを吐き出し、咀嚼し、次々に手近なならず者たちを噛みちぎっていく。耳を、鼻を、唇を。鍛えられていない部位を正確に。
「てめえ!」
 耳を丸鋸頭の男が痛みを堪え、殴りかかる。その拳をレインコートの右腕が一瞬撫でる。拳から血が噴き出す。
「痛みまで切れてるわけじゃなくてよかった」
 指を一本吐き出して右の口が言った。その間に左の口が近くで鼻を押さえて殴りかかってきた鋏男の肩を深くえぐる。
「ぎゃあ」
 悲鳴の大合唱に新たな声が加わる。耳を劈く叫び声の合唱。廃棄屑会の男たちは皆、叫びながら地面でのたうち回っている。
「大丈夫かい?」
 レインコートの男がタマガサに向かって言葉を発した。

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