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【短編小説】ドブヶ丘くじ引き大会

分厚い曇天と薄汚い窓ガラスを透かして朝の光が差し込んでいる。光は脱ぎ捨てられた上着や帽子、みすぼらしい調度、そしてせんべい布団にくるまって眠るアケミを照らしている。

その穏やかな寝顔をタケシはぼんやりと眺めた。

その視線に気が付いたのか、アケミはゆっくりと目を開いた。眠たそうに目を瞬かせる。

「おはよう」

「ん、おはよう」

タケシに挨拶を返すと、アケミは体を起こし、大きく伸びをした。

「アタシ、チヨヅルだいぶ久しぶり」

チヨヅルは浮泡町にある高級ホテルだ。ドブヶ丘の建物にしては珍しく、布団や壁がちゃんと存在している。驚くべきことに窓ガラスの破れていない部屋まである。そのぶん宿泊費はべらぼうに高く、一般的なドブヶ丘住人の数か月分の生活費にあたる。

「おニイさんは?」

「勝ったときには来る」

「へえ、何をやってるの? 馬? 舟?」

欠伸まじりにアケミが尋ねる。

「サイコロ」

「危ないって聞くけど」

ドブヶ丘のサイコロ賭博は他のかけ事に比べて大きく勝てる賭博だ。しかし、その分勝ちすぎると胴元にイカサマを疑われるといリスクを負う。それが事実であれ無実であれ、疑われた時点で生存できる確率は大きく下がる。それを見極められなければ、勝ち続けるのは難しい。

「危ないは危ない、でもそれも腕と運だ」

「運かあ。じゃあ、昨日は勝ったんだ」

「それなりに」

「へえ」

「じゃあ、ちょっと弾んでよ。サービスするからさ。なんならもう一回戦……」

アケミはニヤリと笑ってと言いかけたが、時計を見て言葉を止めた。

「どうした?」

「いや、今日って6月26日じゃん」

「それが?」

「や、くじの日」

「べつに行かなくてもいいだろう」

「そういうわけにもいかないの。友達とも約束してるし。ああ、石も探さなきゃ」

アケミは布団から抜け出すと、脇に脱ぎ捨てていた服を身に着け始める。

「まあ、引いたからって当たるわけじゃないんだけどさ。いま、何分の一くらいなんだろ」

「さあ」

「村だったころならともかくさ、今じゃ当たる気しないよね」

「そう思ってるときこそあたるのさ」

「なにそれ、ギャンブラーの勘?」

最後の仕上げに白の麦わら帽子を被ったアケミは、布団の中のタケシを見下ろしてニヤリと笑った。

「そんなところ」

タケシも笑い返すと、枕の下から財布を取り出し、何枚かのドブ札を手渡した。アケミはドブ札を受け取ると、枚数を数え、怪訝な顔をした。

「だいぶ多いけど」

「よかったから」

欠伸をしながら言うタケシの言葉に、アケミは眉尻を下げ、キスをした。

「ありがと、おニイさん、きっといいことあるよ」

「だと良いけどよ」

「うん、また呼んでね」

アケミは改めて忘れ物がないかを見回すと、部屋を出ていった。

一人になった部屋でタケシは煙草に火をつける。

「さて、どうするか」

何万分の一になったとしても当たるときは当たる。たとえそれが交通事故や、通り魔に巻き込まれるよりはるかに小さな確率だとしても。しかし、引きにいかなかったところで……

ドオン。そこまで考えたところで何かが爆発する音が聞こえだ。窓の外だ。タケシは窓から外を覗く。チヨヅルの一階部分に焼け焦げたトラックが突っ込んでいるのが見えた。あれが原因だろう。

テロか、ただの事故か、それとも何か別の原因だろうか? ホテルマンたちが消火にあたっている。ここまで火が上がってくることはないだろう。タケシは吸いかけの煙草を灰皿におしつけた。

もう一度眺めた窓の外、正面の木の枝に白い麦わら帽子が揺れていた。

◆◆◆

短編サルベージシリーズその2

ドブヶ丘くじ引き大会。三年に1度開かれる大行事。すべての住人が参加する珍しい儀式。一人が一枚ずつくじを引いていき、一枚だけ入っている当たりを引いた住人は石を投げつけられた後、水溢川に投げ込まれる。

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