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別の照明の下で哲学を眺める、哲学を読み換える——ジョン・デューイ本連載③

さて、書籍化(新書)を前提とする連載の続き。KADOKAWAから刊行予定です。

アメリカ哲学者、ジョン・デューイについて書いていきますよ。前回に引き続き、『哲学の再構築』を読んでいきます。12月抜けちゃったので、今月は2回分書くかもしれません。依拠している書籍は、こちらです(↓)。

文章は、ですますか、だであるか、どちらでいくべきか迷っています。

さて、前回の記事はこちら。




哲学の歴史を辿り直す

 デューイは、哲学の向きを変え、2500年以上前から続いてきた哲学のプロジェクトを新たにやり直そうとしているという話をした。そのことをデューイは次のように表現している。

〔この本を通じて哲学の新しい捉え方を受け入れてもらえたなら、〕伝統的な哲学は新しい角度から眺められ、新しい光の下に置かれることになり、伝統的哲学について新しい問題が提起され、それらを判断する新しい基準が提案されることになるだろう。(Dover, p.15=33頁)

ここでは、哲学の向け変えについてのデューイなりの表現がある。

 しかし、哲学の向け変えは単純な作業でも簡単な作業でもない。彼の個人的な思いやちょっとした努力で容易く変貌するほど、哲学は厚みのない営みではないからだ。そもそも哲学は、ジョン・デューイただ一人でできあがっているわけではない。実際、引用文の「伝統的な哲学」は、“traditional philosophies”と複数形で書かれており、一枚岩ではない仕方で、哲学が積み重ねられてきたことが暗示されている。

 哲学史を「縦の時間軸」で見てみると、哲学の会話は、タレス、ヘラクレイトスやソロン、ソクラテスをはじめとする古代ギリシアの哲学者たちまで遡ることができる。それ以来、2500年以上の長きにわたって哲学の営みは続いている。古代ギリシアの碩学たちはエジプトへの逗留経験をこぞって口にするので、もっと時間軸をさかのぼることもできるのだが、ひとまず「古代ギリシアから」としておこう。それだって2500年以上前なのだから、人間の一生にとっては十分すぎるほど長い。

 「横の時間軸」で見てみても、古代ギリシア人たちの会話に、数え切れないほどの男女、様々な人種や文化が参加していく中で、哲学の伝統は形成されてきた。もちろん、19世紀後半から20世紀半ばにかけて活躍したジョン・デューイの時代にも、無数の人々や文化が哲学の会話に参加しており、そうした縦横の複雑なファブリックが形作られている。そうした複線的に絡まり合った影響の織物の中で、デューイは自分の議論を組み立てた。

 つまり、哲学の向け変えをしたいと彼が欲したのは、彼一人の独創ではない。デューイは、同時代や歴史の中の人々の影響の中で、哲学の全面的な再構築の必要性を痛感したのである。言い換えると、ぐるんと哲学の向きを変えるにあたって、デューイは様々な協力者を哲学の歴史(哲学史)の中に見出すことになる。そうした協力者の点と点をつなぐことで線を描き、二千数百年続く「哲学の歴史」を書き変えていく。

 そうした壮大な議論を見る前に、やや小さな議論を一瞥しておきたい。すなわち、哲学の個別的な議論に関するデューイの読解である。しかも、その小さな議論は、ジョン・デューイの哲学史の全面的な読み換えそのものを象徴する議論にもなっているのだ。

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