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DX戦記~プロダクト/サービスデザインの「X」と持続性の罠、そして社会性の悩み

ここで語る狭義のプロダクト/サービスデザインスキルについて

ビジネスがトランスフォームする場合、プロダクト/サービスが大きく変化することがあります。
むしろ、最近は情報技術の進展が早すぎるので、それによる市場変化がプロダクト/サービスの「X」を迫り、そのためにビジネスがトランスフォームするパターンの方がおいかもしれません。

情報技術の進展によって、トランスフォームをした例は、Microsoft(ソフト→サービス)、Netflix(媒体→配信)、Apple(思想→インフラ)、Disney(コンテンツ→サービス)、などが挙げられます。

「テスラやGoogle、Amazonがないじゃないか」と思うかもしれませんが、彼らは社会にXをもたらしていますが、自らはXする時期が、まだ来ていないと考えています。

というわけで、ここで語られるプロダクト/サービスデザインスキルは、その「どん詰まり」を見極め、変化をするためのスキル、という狭義のものです。

例のごとく、プロダクト/サービスデザインについては語りません

でも、前回「ビジネスデザイン」で”MBA本を読もう”と、無責任な放り投下方をしたら、コメント欄で鋭い突っ込みが入りましたので(笑)、一言だけ。

私の考えるプロダクト/サービスデザインは、”買い手が「どうなるか」を具現化する手段の創造”です。

手持ちの手段で具現化する「どうなるか」が買い手の期待値を越えれば満足してもらえますし、越えなければ不満で他に流れていくだけです。

異論は認めます。

「XありDX」のためのプロダクト/サービスデザインのためのスキルとは

情報技術がどんな事が出来るのか見当がつけられるようにする

昨今、プロダクト/サービスでXをしようとすると「D」が付いて回るので、「XありDX」ではなく「DのあるX」という方が正確です。
そのためには、Dが出来ることを捉えられるだけの知識が必要です。以前紹介した『コンピューターはなぜ動くのか』あたりを読んでおけば十分でしょう。

情報技術の新しい成果を見て、これで買い手が「どうなるか」か妄想の翼を広げる

つまり、情報技術の進展具合を見て、自分の例えば、

  • インターネットの帯域の広がりを見て「映画がオンデマンドで配信されるようになったら、みんなコンテンツをどう消費するだろうか」と妄想する。

  • メモリの大容量化を見て「ポケットの中に1万曲を持ち歩けるようになったら、みんなどうする/したいか」と妄想する。

  • 生成系と分析系AIを見て「非定型なデータとトランザクションが片っ端から分析されて、業務が勝手に効率化と標準化がなされたら、働き方はどうなるだろうか」と妄想する。

といったような事をします。
この妄想は、ポジティブな面だけではなく、落ち着いて既存のものへのネガティブな影響も考える必要があります。

映画がオンデマンドで配信させるようになったら、DVDレンタルの需要は縮小するでしょうし、ガジェットに1万曲を詰め込むのにCDは嵩張ります。業務が勝手に標準化されれば、ある種の管理職や業務改善コンサルの需要は減ります。

冷静に、持続性の観点で考えるタイミングを設ける

そして、新しい情報技術を採用して、設計もおおむねできた、開発・運用コストも試算した、よし新たなプロダクト/サービスを世に送り出そう…となったとき、立ち止まって考えるタイミングを持つ必要があります。

考える観点は、おおむねこんな感じです。

  • 「俺くらいの奴、たくさんいるよ」(耳をすませば)…ではないよね?

  • 「腐ってやがる、早すぎたんだ」(風の谷の…)…未成熟ではないよね?

  • 「見ろ!まるで人がゴミのようだ!」(天空の~)…無理させないか?

  • 「みじけぇ夢だったな」(風の谷~)…PEST、5Forces的に崩れないか?

これらは情報技術以外が絡まなくても大事なんですけど、情報技術の進展は速すぎるので、陳腐化したり規制や制約が入るというリスクがでかいんで、特に注意する必要があります。

ちなみに、テストユーザーを集めても、サンプルに偏りが大いにあったりしますし、自分で考えても確証バイアスが生じるので、生成AIにたたいてもらうのも良いかもしれません。

視野を引いて社会も考える

これはGoogle様の「邪悪になるな」という事です。ただ「邪悪」をもう少し広げて論議したいのは”先の無い技術をどうするか”です。

例えば、素晴らしい業務用のサービスを作るとしましょう。その時に、旧態依然とした技術の方がユーザーの受けがよいからと言って、旧態依然とした画面で、旧態依然としたファイル上限(1GB)にしてしまったりすることです。世の中のデータは日々、多く大きくなる一方なのに、このサービスのせいで、ユーザーは非効率なファイル管理を行ったり、上限1GBのためにデータを削ったりする羽目になり、業務の制約条件と化すことになります。

微々たる影響に見えますが、下手に売れてシェアが大きくなればなるほど、ちりも積もれば山となっていきます。これって、日本社会にとって、本当に良い事なのでしょうか。

売る事だけを考えれば、正しいのかもしれないですが、どうも何かのきっかけで一瞬でシェアを失いそうで怖いんですよね。


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