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女の涙は神様だって通用する武器なのだ

こんもりと茂った森の中に小さな神社があった。さして、由緒とか伝統などあ
るはずもない寂れた神社だ。まだ4月になったばかりというのに、初夏を思わ
せる日中も、さすがに日の沈みかける刻ともなれば、冷ややかな風がなびく。
そんな刻、神社の鈴が鳴った。鈴の前では、たぶん高校生くらいだろう。
女の子が手を合わせている…
「もし、神様がいるのなら、私のお父さんとお母さんを助けてください」
そう言って祈っているのは、この近くに住む美代子という高校2年生の女の子
だ。
「お父さんとお母さんは、毎日、喧嘩ばかりしています。でも、本当は、二人
は仲良しです。喧嘩の理由は、お金です。お父さんは、お爺ちゃんの代からの
酒屋を私が小学校4年生の時に潰しました。それでも、諦めきれないお父さん
は、友達からお金を集めて、コンビニを始めました。そのコンビニも、去年、
潰れました。お父さんは、お爺ちゃんからもらった家や土地も、子供の頃から
の友達も無くしてしまったのです。自分には、商売は向いてないと思ったお父
さんは、仕事を探してますが、もう45のお父さんには、仕事がないそうです。
私は、お金持ちになりたいとは思いません。でも、お父さんとお母さんが、
また仲良くなれるくらいのお金がほしいです。神様、よろしく。少ないけど、
お賽銭です」
美代子は、小銭入れの中に入っていた1円玉と5円玉と10円玉を握りしめて
賽銭箱に投げた。
その夜、美代子は夢を見た。夢には、夕方の神社にいると言う神様が現れた。
「お父さんに仕事をやろう。その代わり、お前は何をする?」
「私は、まだ高校生なので何もできません。まさか、売春するわけにもいかな
いし、そんなことしたら、お父さんとお母さんが泣いちゃうと思うのです」
「それもそうだ。他に大切な物は?」
「そうですね。ボーイフレンドの太かな」
「そいつと別れてもいいか?」
「それは…とても悲しいです」
「お父さんは、どうでもいいのか。お母さんも、どうでもいいのか」
「悲しいけど、私、耐えます。太は、カッコいいから、別の女の子、すぐに見
つかりますよね。グッスン」
「よし、良い心がけだ」
神様は、そこで消えて美代子は夢から覚めた。その日、太とはいつも通りだっ
た。夕方、家に帰ると、お父さんの就職が決まっていた。
何でも、外資系の会社が、失敗の経験を評価して採用してくれたそうだ。
お父さんとお母さんは、二人して涙を流しながらビールで乾杯をしていた。
その夜、美代子は、また夢を見た。夢には、あの神社の神様が出てきた。
「どうだ。わしの力を見たか。なかなかのものだろう」
「ありがとうございます。おかげで、お父さんとお母さんが仲良くなりました」
「それは良かった。ではな」
それだけ言って、神様は消えてしまった。
その翌日から、美代子は太に会うと涙が流れた。もうすぐ別れるかと思うと悲
しくて悲しくて仕方がなかった。太は、どうして美代子が泣いてばかりいるの
か分からないから心配して、
「お前、どうしたんだ。俺で、良かったら聞くぞ」
でも、まさか、夢の話を太にするわけには行かないと思った美代子は、さらに
悩んだ。家に帰ると、お父さんは妙に元気になり、お母さんも一緒にパワーア
ップしている。こんな二人に、
「あなたたちの幸せは、私の失恋と引き替えなのよ」
なんて口が裂けても言えない。
そんな悶々とした日々が一ヶ月続いた。お父さんは外資系の会社での仕事にも
慣れてきたようだ。かと言って、美代子と太の仲が壊れたわけでもない。むし
ろ、前より太は美代子に優しくなった。女の涙は武器なのかもしれない。
そんなある日、久しぶりに夢の中に、あの神様が現れた。
「何か、わしに用か」
「あのー、お約束は?」
「何か約束があったかな」
「ボーイフレンドの太…」
「ああ…あれ…あれは免除することにした。おまえの親孝行に免じて。幸せに
やれよ。おまえに泣かれたら、わしも悲しくなるからな」

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