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どんな悩みでも解決する呪文

寒い寒い雪の降りしきる夜だった。
青年は、ひとりで寂しく暮らす古びたアパートの一室で悩んでいた。
「どうしよう、今月も家賃が払えない。もう、3ヶ月も払ってない。このまま
じゃ、追い出されるぞ」
真面目な青年ではあったが、運が悪かった。今まで勤めた会社は、10ほどあ
ったが、どれもこれも、すぐに倒産してしまったのだ。
「俺は運の悪い男だ。いや、俺には疫病神がついているのかもしれない」
青年は頭を抱えた。その時、ノックの音が聞こえた。
トントン…
「こんな寒い夜になんだろう」
青年がドアの所に行くと、
「悩みを解決しましょう」
外に立っている男が、そう言っている。
「何の用ですか」
そう青年が聞いても、その男は、
「悩みを解決しましょう」
とただひたすら同じ事を言い続けた。
仕方がないので、青年は、ドアを開け、その男を部屋に入れた。
その男は恐縮して、
「ありがとうございます。私は、呪文を売っているセールスマンです」
「呪文?そんなもの売っているセールスなんて聞いたことないな」
「そんなにいるものではないですから。ご存じないのは、当然です」
「で、その呪文は何の役に立つの?」
「はい、何回か唱えると願いが叶います」
「へえ、たとえば、どんな呪文があるの」
「はい、いろいろとあります」
そう言うと、男は、分厚い本をカバンの中から出した。
「どのような呪文がお入り用でしょう」
「そうだなあ…金持ちになりたいなあ」
「よろしゅうございます」
その男は、青年に耳打ちした。
「その言葉を唱えると、今よりは金持ちになるでしょう。どれくらい金持ちに
なるかは、あなたの集中力しだいです。それと、もう一つ、その呪文は、誰に
も言ってはいけません」
「で、いくら?」
「いえ、お金なんて結構です。そのかわり、と言っては何ですが、明日の朝ま
で、私を、この部屋の隅で寝かせてください」
「それくらいなら、狭いけどね」
「ありがとうございます」
その男は、礼を言うと、部屋の隅で膝を抱えて眠り始めた。
青年は、その男の言うとおりに呪文を一心不乱に唱えた。
それこそ、寝る間も惜しんで唱えた。
何時だったのだろう。深夜には違いなかった。パタパタと音がした。
何の音だろう。青年が耳を澄ますと、どうやら、下の部屋らしい。
下の部屋には、このアパートの大家さんであるお婆さんが住んでいたはずだ。
さらに耳を澄ますと、どうやら、お婆ちゃんが苦しんでいるようだ。
心配になった青年は、お婆ちゃんの部屋に急行した。
すると、お婆ちゃんは心臓発作で息も絶え絶えだった。
青年は、大急ぎで救急車を呼んで、そのまま、お婆ちゃんに同行して
病院に行くことになった。このお婆ちゃんは身寄りも無く一人暮らしだった。
幸い、処置が早かったので、お婆ちゃんは一命を取り留めた。
二三日もすれば、退院できるそうだ。お婆ちゃんは、その青年に感謝して
「家賃なんかいらないから、自分の家だと思って、ずっと、このアパートにいてくださいな」
と青年に言った。青年が大喜びで、部屋に帰ってきたのは、朝方だった。
すでに目を覚ましていた例の男は、青年の顔を見ると
「どうやら、もう呪文の効果はあったようですね。では、私は失礼します」
そう言って出ていこうとする男を青年は止めた
「すみません、せめて、お礼を」
「いや、寒い夜に泊めていただいたので十分です。では」
「ちょっと待ってください。ところで、あなたは、自分のために呪文を使わないのですか」
「昨夜も使いましたよ。寒い夜に、とりあえず無料で泊めてもらう為の呪文」
その男は、カバンの中から分厚い本を出し、指で、無料で泊めてもらう呪文のところを差した。そこには、”悩みを解決しましょう”と書いてあった。
青年は、ハッとした。

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