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雪女からのメッセージ 

純一の描く絵には、いつも雪があった。それは、純一が雪国の出身だからかもしれない。雪のほとんど降らない都会に来て、ただただ売れない絵を描いている純一の頭の中には、いつも幼少時を過ごした雪に埋もれた故郷があった。
ある朝、そんな貧乏な画家の純一が銀行に記帳に行くと、電気代水道代が、引き落とされたすぐ後に、見慣れない名前があった。
「ヤマダユキコ」その名前の横に 「100,000,000」
とあった。つまり、貧乏な画家であったはずの純一にヤマダユキコと名乗
る人から1億円の振り込みがあったのだ。つまり、現時点では、純一は、貧乏な画家と言うよりも、ちょっとばかし金持ちの画家になったのだ。
銀行から出る時、純一は背筋がすっと伸びたような気がした。視界がやけに広がったような気がした。お金ができると人間が変わると言うが、こんなことなのかと純一は思った。しかし、何に使えばいいんだろう。純一は悩んだ。と言うのも、純一は、絵を描く以外に何の趣味もない。酒・タバコ・女・博打などなど一切興味はない。まあ、若干興味があるとするならば、女だが、それにしても、いつも世話になっている画廊の看板娘ミヨちゃんで十分なのである。
「家でも建てようか」
純一の夢は、自分のアトリエを持つことだった。高校を出てから10年ずっと、木造ボロアパートで暮らしてきた。やっと、この辺で、一軒家が持てると思ったところで、純一は、約束を思い出した。昨日の夜、純一の絵を置いてもらっている画廊の社長から電話があって、朝一番に来て欲しいとのことだった。
「おはようございます」
純一が画廊に入って行くと、社長がニコニコしながら、
「君の絵が売れたよ」
「そうですか?それで、5万円くらいですか?もしかしたら、3万円」
「バカ言うな。君は自分の才能を低く評価しすぎておる。1000万円じゃよ」
「ええ」
純一は驚いた。いつもは、せいぜい10万円で売れたら御の字の純一の絵が1000万円で売れたのだ。社長は、さらに付け加えた、
「初めは、単なる優男と思っていたが、さすがワシの娘が惚れるだけのことはある。ああそうそう、今、持っている絵を全部持ってきてくれよ。頼むよ」
「はあ…」
ポーッとなっている純一に、ミヨちゃんが、
「電話よ。何か良いことみたいよ」
純一が出てみると、出品していた絵が特選になったという連絡だった。
「へえ、どうなってるんだろう」
あまりの幸運の連続に、何が何だか分からなくなっている純一を訪ねて、透き通るように色白の女性がやってきた。彼女は、不思議なことに若くも見えるし、年輩にも見えて年齢がよく分からなかった。彼女は、純一に名刺を差し出した。
まるで雪のように真っ白な名刺に肩書きも何もなく山田雪子とだけ毛筆体で書いてあった。咄嗟に純一は、
「ああ、あなたが」
雪子は、目をパチクリさせて、
「おや、その様子だと、気づいたのね」
「どうして、私の口座番号を知ったのですか?」
「素敵な青年に会いたいと思ったら、閃いたのよ」
「でも、どうして、あんな大金を」
「あなたなら、無駄に使わないと思って」
「何と、お礼を言ったら良いか」
「人間には何が起こっても不思議ではないのよ。何が幸いして何が災いす
るかも分からない。それについて考える必要もないのよ。ただただ、あなたは絵を描いていればいいの」
そう言うと雪子は背中を向けて去ろうとした。純一は、せめて、連絡先だけでも聞いておこうと思い呼び止めようと彼女の肩に触れようとした瞬間、彼女はサッと振り返り、妖艶な笑みを浮かべて
「ふれないで、私は雪女」
と言ってそのまま去って行った。それ以来、山田雪子という女性は、純一の前に二度と現れることはなかった。ただ、相変わらず、純一の描く絵のどこかには雪があった。

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